【スマートホーム/ホームオートメーション特集】Matterとは何か?──スマートホームの誤解を解く。「Home OS」と「IoTガジェット規格」の決定的な違いと正しい位置づけ
取材/LWL online編集部
本特集をスタートしてからさまざまな質問をいただいているが、その中で多いのが最近話題を集める「Matter」という規格に関する質問だ。日本では何故だかMatterが「スマートホームを標準化する救世主」と語られることも多い。 しかし、LWL onlineが扱うのはIoTガジェットの寄せ集めではなく、CrestronやHOMMA OSに代表される「Home OS」による、建築統合型のスマートホームだ。北米ではすでにHome OSがラグジュアリーレジデンスでは普及している。 その土台の上にMatterがどのように位置づけられているのかを踏まえると、その役割は一般的な印象とは大きく異なる。
前提──LWL onlineが定義するスマートホーム/ホームオートメーション
LWL onlineが前提とするスマートホーム/ホームオートメーションは、「スマートスピーカーや単体ガジェットのIoT化ではなく」、「建築インフラと統合されたホームオートメーション/Home OSによる制御」を中心に据える。
ラグジュアリー邸宅では、
- 調光照明
- 空調・換気・床暖房
- シェード・シャッター
- セキュリティ・電気錠・顔認証ドアホン
- プール・サウナ・チラー
- AV/シアター・マルチルームオーディオ
- 各種センサー
といった要素が、KNX / BACnet / Modbus / DALI / Echonet Liteなどの建築プロトコルと、Crestron / Control4 / Lutron HomeWorks / HOMMA OS といった住宅OS(オーケストレーション層)によって、「知性を宿した住まい」として統合される世界である。
この前提を踏まえると、Matterの位置づけが明確になる。
【スマートホーム/ホームオートメーション特集】「マニフェスト」──スマートホームの答えは「住宅OS」。統合プラットフォームが提示する“本物のホームオートメーション”

Matterとは何か──コンシューマーIoTの「共通言語」
Matterは、Apple/Google/Amazon/Samsungなどが参加するスマートホーム向けのIPベース共通規格であり、主に以下の役割を担う。
- Wi-Fi / Thread / Ethernet上で動作
- 操作対象はスマート照明、プラグ、家電、ロック、センサーなどガジェット中心
要するに、MatterはコンシューマーIoTデバイスの相互運用性を高めることを目的とする。
結論を言えば、Matterは「家電・ガジェット層の国際共通語」であり、CrestronやControl4に代表されるHome OSとはまったく別の位相にある規格である。
Matterは、CSA(Connectivity Standards Alliance)が定義する「アプリケーションレイヤー規格(Application Layer Protocol)」に相当するため、建築インフラを統合するHome OSとは原理的に異なるレイヤーだ。
この整理こそが、スマートホーム/ホームオートメーションを建築レベルで捉える際の正しい理解である。

Home OSとMatterは競合しない(というかそもそも別のレイヤー)
北米ではすでに、ラグジュアリー邸宅を中心に「Crestron」「Control4」「Savant」「Lutron HomeWorks」「HOMMA OS」といった建築統合型プラットフォームであるHome OSが強固に普及している。
これらは、
- 建築系プロトコルとの橋渡し
- シーン制御による「生活コンダクト」
- 住宅全体をひとつの振るまいとして統合
を担う。
このHome OS側から見れば、Matterは
- Home OSが話せる言語(プロトコル)のひとつが増える
- Matterデバイス群をひとつのエコシステムとしてまとめて扱える
という存在に相当する。
つまり、MatterがHome OSに置き換わるわけではなく、Home OSが扱えるプロトコルのひとつとしてMatterデバイスが追加されるだけである。
階層構造では建築プロトコルのさらに下位レイヤーに属する規格となる。
LWL onlineが提示する「スマートホーム/ホームオートメーションのレイヤー構造」にMatterを当てはめると、位置づけは一層明確になる。
オーケストレーション層|Home OS(住宅OS)
Crestron / Control4 / Lutron HomeWorks / HOMMA OS
→ 住宅全体の「振るまい」を構築する指揮者
建築インフラ層|住まいの主幹
KNX / BACnet / Modbus / Echonet Lite / DALIなど
→ 照明・空調・遮光・熱源など建築性能の基盤
設備機器層
M-NET / DIII-NET / RS-485 / 0–10V
→ 各設備機器との橋渡し
コンシューマーIoT層 ← Matterの主戦場
スマートスピーカー、スマート照明、プラグ、家電など
→ Matterが「共通言語」となる領域

結論として、Matterは「コンシューマーIoT層の標準化規格」であり、Home OSの下層レイヤーに位置づけられ、Home OSが扱う「デバイス種別の追加」である。
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「Matterさえあれば全部解決」は幻想である理由
日本国内では何故だかしばしば「Matterがあれば何でもつながる」と語られがちだ。
しかし、ラグジュアリー邸宅の文脈では、柔らかく言えば不十分であり、単刀直入に言えば使いものにならない。
というのも、Matterだけでは届かない領域が多すぎる。
Matterが得意とするのは、比較的「単機能」のIoT機器である。
一方、以下のような領域は現時点でカバーできないか、能力不足が目立つ。
- KNXやDALI、あるはLUTRON HomeWorksなどを駆使した高度なライティングシーン
- 放射冷暖房・全館空調を含む環境制御
- プール/サウナ/外構/中庭/水盤など、建築を横断する複合シーン
- ハイエンドAVの統合(プロジェクター、プロセッサー、DSPシステムなど)
例えば、丘の上にある別荘の次のようなシーン。
ゲートに設置されている顔認証ドアホンをトリガーに住まいが「I‘m Home」シーンに移行する。
ゲートが開き、動線上の照明が灯り、ガレージ前に到着するとガレージのシャッターが開き、庭の噴水が噴出して施主の帰宅を迎え、照明が灯り、エレベーターがガレージ階に着床して扉が開き、エントランスに音楽が流れ出す。
こういうシーン演出はMatterだけでは実現しない。
だからこそ「Home OS」が必要になる。
ラグジュアリー邸宅のスマートホーム/ホームオートメーションは、
- 「日の出の時間になったら、東側だけシェードを20cm開け、ダウンライトは30%、ブラケットは20%、色温度は2700K」
- 「ホームシアターシーンで照明・シェード・AVが一斉に切り替わる」
- 「ゲストが訪れると、音・光・空気・噴水が一体化してウェルカムモードになる」
といった、生活シーンの「振るまいの設計」が本丸である。
この領域を司るのはCrestron/Control4/HomeWorks/HOMMA OSなどのHome OSであり、Matterはその下にぶら下がる「扱いやすくなったIoTデバイスの集合体」にすぎない。
日本の建築・デザインに必要な「賢いMatterとの距離感」
北米の状況を踏まえ、日本の建築家・デベロッパー・施主が意識すべきポイントを整理する。
- Matterは「家電・ガジェット規格」と捉えるべき
施主が持ち込む家電・ガジェットを柔軟に取り込むための標準規格であり、「とりあえずMatter対応」は将来の自由度を確保する。 - 最上位レイヤーにどのHome OSを置くかがすべてを決める
ラグジュアリー住宅では、Home OSを頂点に置く設計思想が不可欠である。
さすがに、ラグジュアリー邸宅のスマートホーム/ホームオートメーションという「知性を宿した住まい」をMatterに負わせるのは酷である。 - 北米のベストプラクティスは「ハイブリッド」である
- 建築プロトコル
- 設備の専用バス
- コンシューマーIoT(Matter)
これらをHome OSが統合する構造が北米のラグジュアリー邸宅ではすでに定着している。
日本もこの構造を前提にすべきだ。
何度も繰り返すが、LWL onlineが描くスマートホーム/ホームオートメーションは、「便利なガジェット」の集合ではなく、Home OSを採用し、「知性を宿した住まい」である。
そもそもIoTではなく、ローカルネットワークで安定して動作することを前提とする。
スマートホーム/ホームオートメーションにおいて重要なのは「Matter対応かどうか」ではなく、
- Home OSは何を選ぶべきか?
- そのOSのもとにはどのプロトコルがあるのか?
というシステム構造設計の視点である。
Matterは、プロフェッショナルなHome OSが、コンシューマーIoTの森へ下りていくための共通言語として機能する。

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LWL online 編集部