【スマートホーム/ホームオートメーション特集】Home OSの源流を辿る──「ホームシアター体験の質向上」から始まり、CEDIAが育んだ建築統合型スマートホームの思想

 取材/LWL online編集部

「スマートホーム」という言葉は一般化したが、その思想の起点まで正しく理解されているだろうか。本稿では、Home OS(住宅OS)がどこから生まれ、どのように成熟してきたのかを、CEDIAを軸とするホームシアター文化の歴史から読み解く。IoTガジェット型スマートホームとの決定的な違い、スマートフォン起点説の誤解、そして「体験の質向上」という原点に立ち返ることで、建築統合型スマートホームの本質を明らかにする。

目次

Home OSの源流を辿る。すべてはホームシアターから始まった

建築統合型スマートホーム、すなわちHome OSの思想の源流はどこにあるのか?
これは非常に難しい問いである。
もともとインテリジェントホームやコネクテッドホームという構想自体は60年代以前からあったという。
制御技術自体もビルディングオートメーションやプロAVの世界では規格化はされていなくとも、古くから実用化されていた。

だが、そうしたビルディングオートメーションやプロAVのテクノロジーを、住宅に導入してインテリジェントホームという構想を実現しようとする動きは80年代を待つことになる。

Home OSの源流は80年代に北米で流行が始まったホームシアターである。
また、北米を中心に1980年代から90年代にかけて発展してきたAV(オーディオ・ビジュアル)のカスタムインストール文化である。
そして重要なポイントは、ホームシアターという「体験の質向上」のために、ホームシアターの施工技術者たちが制御技術をホームシアターに導入したこと。

この「体験の質向上」が原点にあることが重要である。

CEDIAという起点──「映画を自宅で最高の体験で観たい」から始まった


北米を中心とするホームシアター文化、カスタムインストール文化、その中核にあったのが、CEDIA(Custom Electronic Design & Installation Association)である。

CEDIAは1980〜90年代の北米のホームシアター・ブームの中で、インストーラー(AV施工技術者)の国際的な業界団体かつ教育機関としてスタートした。

詳細は下記の記事をお読みいただきたいが、CEDIAが発足した1989年から00年代半ばまで、育んできたのは、「家を賢くする」ことではない。

AV体験を極限まで高めるために、映画を自宅で最高の体験で観るためには、空間全体をどう制御するかという思想だった。

スマートホームの“知性”を設計する──システムインテグレーター(SI)とは何者か?

AV機器×照明×窓廻り×空調。ワンタッチ操作という革命

ホームシアターが普及し、施主からの要望が高度化するにつれ、課題は明確になった。

ホームシアターを構成する要素―「プロジェクター」「スクリーン」「AVアンプ」「プレーヤー」、そして照明、カーテン、シェード、空調―それらを正しい順序・正しい状態で動作させることが、「ホームシアター体験の質」を大きく左右する。

例えば、照明の光ひとつ取っても、暗順応(暗い環境に移り変わる際、時間が経つにつれて徐々に暗さに目が慣れ、見えるようになっていく目の適応能力)を考えると、ホームシアター体験の質を向上させる照明の消し方というものが確実にある。

それに、ホームシアターではリモコンの数だけでも10個程度必要になる。
複数のリモコンをあたふたと操作する行為は没入体験の敵であり、ホームシアター体験の質を低下させる。
想像してほしい。大量のリモコンを前に、あたふたしている姿を。

そこで生まれたのが、「ワンタッチで“映画鑑賞に最適化された空間”を呼び出す」という制御思想である。
この欲求こそが、後にHome OSにつながる思想の原点だった。

Crestron、Control4、Lutron HomeWorks。実は00年代前半には、既に“Home OS”の原型はそろっていた

現在、建築統合型スマートホームの中核を担う「Crestron」「Control4」といった統合プラットフォームは、もともとAV統合制御のための「司令塔」として進化してきた存在だ。
さらに重要なのは、LUTRONのHomeWorksがすでに2000年代前半から本格展開されていたという事実である。

これは、「スマートホームが最近生まれた概念ではない」ことを端的に示している。

よく勘違いされるのだが、スマートホームはスマートフォン、とりわけiPhoneの登場からスタートしたという考えられがちだが、この事実を示すだけで誤解であることが理解できるだろう。

スマートフォンは起点ではない——Home OSの起源はホームシアター体験のクオリティ向上から生まれた

しばしば「スマートフォンの登場がスマートホームの始まり」と語られるが、歴史的には必ずしも正確ではない。

一般にスマートフォンの起点とされるのは2007年の初代iPhoneの登場だが、その以前から北米を中心に、ホームシアターを核とした住宅の統合制御はすでに成熟していた。
前項で提示したように、LUTRONの最初のHomeWorksは2000年代前半にローンチしている。

プロジェクターやAVアンプ、スクリーンに加え、照明やカーテン、空調(空調は静音モードとする)を連動させ、ワンタッチで最適な視聴環境を呼び出す——こうした発想と技術は、CEDIAを軸とするカスタムインストール文化の中で1990年代から育まれてきたものである。

スマートフォンがもたらしたのは、スマートホームの「起点」ではなく、操作インターフェースの変化にすぎない。
アプリによる操作が一般化したことで、後付けのIoTガジェット型スマートホームが急速に普及したが、Home OS=建築統合型スマートホームにおいて、スマートフォンは数あるUIの一つであり、必須条件ではない。
Matterのような共通規格もまた、後付け型デバイスの相互接続には有効だが、建築に組み込まれ長期運用されるHome OSの思想そのものを規定する存在ではない。

住まいそのものに知性を内包し、センサーや自動化によって先回りして環境を整えるという考え方は、スマートフォン登場以前から連綿と続く系譜の上に成立している。

北米のマルチルームオーディオ文化。ホームシアタールームを超えて、住まい全体に至る過程

もうひとつ重要な点がある。
北米のラグジュアリー邸宅文化では、ホームシアタールームだけが音楽を聴く場所ではなかった。

リビング、ダイニング、キッチン、バスルーム、ベッドルーム、テラス、プールサイド、エントランス、ガレージ…

住まいのあらゆる空間で、自然に音楽が鳴っている。
この文化的土壌があったからこそ、例えばSonosのようなブランドが生まれ、マランツのマルチルームオーディオ用アンプが受け入れられているわけだが、アメリカのラグジュアリー邸宅では複数の部屋で音楽を楽しむマルチルームオーディオという文化があった。

このマルチルームオーディオの設計や施工もCEDIAでは取り組んでいた。

要するに、ホームシアタールームを超えて、住まい全体のオーディオ・ビジュアルを統合していく必要が出てきた。

2008年前後、CEDIA EXPOで起きた決定的変化
── スマートホームをめぐる〈エピステーメ〉の変化

AV中心から建築統合へ──「EST」から「ESC-D」へ

筆者は2000年代半ばから2009年まで、CEDIA EXPOに足を運んでいた。
2008年、会場の空気が明確に変わったことを今でも鮮明に覚えている。

忘れもしない2008年の9月、デンバーで開催されたCEDIA EXPOは「ホームシアターからホームオートメーションへ」という潮流に切り替わる境目だった

それまで中心にあったのは、AV機器だった。
プロジェクターのグローバルでの新製品発表の場は、IFAではなくCEDIA EXPOだった。

しかしこの年から、照明制御、空調制御、セキュリティ、建築統合が主役へとシフトし始めた。

CEDIAの資格の変遷を見ても、ホームシアターの設計・施工に必要な「EST(Electronic Systems Technician)」に加えて、ESC-D(Electronic Systems Certified – Designer)というスマートホームのSI用の資格は2010年前後に成立している。

ESC-Dは、建築図面の読解から照明・空調・遮光制御のデザイン、Home OSによる統合設計、ネットワーク設計までを扱う、まさに「住宅の知性を設計する資格」である。 

ホームシアターは消えたのではない。
この時期に住まい全体を制御するHome OSの一要素として再定義されたのである。

Home OSとIoTガジェット型スマートホームは、そもそも別の系譜

「体験の質向上」と「便利さ追求」という思想の違い

ここで重要なのは、Home OSとIoTガジェット型スマートホームは、出自がまったく異なるという点だ。

Home OSはCEDIA文化を起点とする。ホームシアター体験の質を極めるために、建築・空間・設備を統合してきた思想である。

要するに、「Elevating the Experience」や「Enhancing the Quality of Experience」とも称するべき「体験の質向上」がHome OSの起点であり、その一環として操作性の向上がある。

IoTガジェット型スマートホームは個別デバイスの利便性を後付けでつなげてきた発想である。
起点が違うのである。

この文脈に立てば、建築統合型スマートホームがMatterをそれほど重視していない理由も自然に理解できる。

Home OSは、①建築段階で組み込まれ、②長期運用を前提とし、③空間全体を制御する、思想だ。

一方、MatterはIoTデバイスを横断的につなぐための規格であり、設計思想のスコープが異なる。

重心が別の場所にあるだけなのだ。

スマートホームの正統系譜
Elevating the Experienceという原点

わたし自身、2000年代半ばからCEDIA EXPOに足を運び続けてきたが、当時の会場で語られていたテーマは、決して「家を賢くすること」ではなかった。
あの頃、誰もが口にしていたのは、いかにして映画や音楽の体験を高めるか、いかにして空間全体を最適な状態へと導くか、という一点に尽きる。

「Smart Home」ではなく、「Enhancing the Quality of Experience(QoE)」、あるいは「Elevating the Experience」や「Refining the Living Experience」。

誰もが顧客の「体験の質」を向上させることを第一の目的にしていたのだ。

ワンタッチ操作とは、あくまでもそのための手段にすぎない。
照明や窓廻り、空調、音響を建築と一体で設計し、「体験の質」を引き上げる——この発想こそが、CEDIA文化の核心であり、やがてHome OSへと結実していった原動力だった。

スマートフォンやIoTガジェットは、その後に加わった便利なインターフェースに過ぎない。
Home OSが見据えてきたのは、操作の多さでも新しさでもない。
住まいが人に寄り添い、先回りして整うことで、日常の体験そのものを静かに、しかし確実に磨き上げていくことである。

Elevating the Experience
それが、建築統合型スマートホームの出発点であり、今も変わらぬ本質なのである。

【スマートホーム/ホームオートメーション特集~住まいに知性が宿るとき】

追記~実は起点だけ見れば日本のスマートホームの方が早かった

スマートホームの起点だけ見れば、実は日本のスマートホームの方が早かった。

日本では既に80年代後半に「HA(ホームオートメーション」という言葉でスマートホームの概念が出てきていたのだ。
例えば、いまでも電気錠などの状態をフィードバックするのに使用しているJEM-A。
これは日本電機工業会が90年前後に規格化している。
だが、しかしそれから35年経ち、日本は完全に出遅れてしまった。

何故か? それは日本独自のHAの思想的起点にあると言えるだろう。そして、それを象徴するのがJEM-Aである。

日本に遅れること数年、欧州ではKNX、米国ではBACnetが規格として成立する。
これら海外の規格は最初から建築統合型プラットフォームにおけるプロトコルとなることを目指していた。
そして、2000年代、日本はECHONETでやり直すはずだった。

この日本のスマートホームの流れは近いうちに改めて振り返ってみたい。

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