【スマートホーム/ホームオートメーション特集】KNXとは何か──分散制御がラグジュアリー邸宅で選ばれ続ける理由
取材/LWL online編集部
これまで本特集では、「Fieldbus」という技術の系譜と、「Your home is yours.(住まいの主権は住まいにある)」という思想から、スマートホームが本来どこへ向かうべきだったのかを辿ってきた。多くの建築家・設計者が「スマートホーム」という言葉に距離を置いてきたのは、技術への拒否反応ではない。アプリやクラウド、無線主体の仕組みを前提とした構成が、住宅を「操作される対象」へと変えてしまうことへの、直感的な違和感があったからだ。
本記事では、そうした違和感の正体をプロトコル=住宅を語る言語という視点から読み解く。
スマートホームは2つの系譜に分かれる──Fieldbus・ローカル制御が導く「Your home is yours.」という思想
住宅を自律した存在として成立させる、ヨーロッパ発祥の建築統合プロトコルの現在地
ここから先は、プロトコル=住宅を語る言語を見ていく。
KNX、BACnet、Modbus、ECHONET Lite。それぞれが、住宅の主権と自律性について、どのような答えを用意してきたのか。
スマートホームを再び「建築の言葉」として取り戻すための連載を4回にわたって進めていく。
第1回はヨーロッパ発祥の建築統合プロトコルKNX。
分散制御と有線ネットワーク・ローカル制御思想が、なぜラグジュアリー邸宅で支持され続けているのかを見ていく。

KNXとは何か── 分散制御が育んだ「住宅OS的思想」
建築家や設計者が、スマートホームという言葉に距離を置いてきた理由は明確だ。
それは技術の新旧ではなく、住宅の主導権が、設計の外へ流れ出してしまう感覚に対する違和感である。
アプリを起点とし、クラウドを経由し、無線主体で機器が振る舞う住宅。
そこでは空間ではなく「操作系」が主役になる。
KNXはその流れとはまったく異なる地点から生まれ、まったく異なる答えを提示してきた。

KNXの出自──オープンプロトコルが生み出された背景とは
1990年代ヨーロッパで何が問題視されていたのか
KNXの起源は1990年代初頭のヨーロッパである。
当時、照明、空調、遮光、セキュリティといった建築の設備機器は、メーカーごとに独立し、互換性を持たなかった。
これに対し、ヨーロッパの建築業界では「建築に組み込まれる制御は、特定メーカーに縛られるべきではない」という強い問題意識が共有されていた。
オープン規格として設計された理由
こうして生まれたのが、EIB、BatiBUS、EHSといった複数の制御規格であり、それらを統合する形で1999年に成立したのがKNXである。
KNXは最初からオープンな規格として設計され、建築とともに長期に使われることを前提にしていた。

KNXの目的──中央で支配しない住宅
完全分散型アーキテクチャとは何か
KNXの最大の特徴は完全分散型アーキテクチャである。
制御の中枢となる「司令塔」は存在しない。
各スイッチ、センサー、アクチュエータがそれぞれ判断能力を持ち、相互に通信する。
この構造が意味するのは、一部が故障しても住宅全体が停止しないという冗長性だけではない。
住宅を一つの巨大なデバイスとして扱わないという明確な建築思想である。
KNXにおいて、住宅は「誰かに操作される対象」ではなく、自らの状態を持ち、自律して振る舞う存在として設計される。
KNXにおける有線・ローカル制御という必然
なぜクラウド前提にしなかったのか
KNXが有線・ローカル制御を基本とするのは、技術的な保守性の担保が最大の理由だ。
だが、それだけではない。
クラウドや外部サービスの寿命に、住宅の振る舞いをゆだねないという思想的選択でもある。
住宅の主権という設計問題
インターネットが落ちても、照明は点き、ブラインドは動き、空調は制御される。
これは利便性の話ではなく、住宅の主権がどこにあるかという設計の根幹に関わる。

実際にKNXはどこで使われているのか
ラグジュアリーホテル/レジデンス/文化施設
KNXは現在、ヨーロッパを中心に世界190以上の国と地域で採用されている。
最も多く使われているのは、「ラグジュアリーホテル」「ラグジュアリーレジデンス」「美術館・公共文化施設」「教育施設・オフィスビル」といった、長期運用と改修耐性が求められる建築である。

照明・遮光・空調・エネルギー管理の実装領域
制御対象も幅広い。
照明、調光、遮光、空調、床暖房、換気、セキュリティ、インターホン、エネルギー管理まで、住宅環境の基盤となる要素を横断的に担う。
重要なのは、KNXが「体験を演出するための仕組み」ではなく、空間を安定して成立させるための神経系として使われている点だ。

Home OSとの関係──ひたすら制御層として働き続ける
制御層/オーケストレーション層/UI層の分離
Home OSというレイヤー構造で見ると、KNXは司令塔でなければ、UIでもない。また体験を語らない。音声操作やアプリの洗練を競うこともない。
KNXはひたすら制御層として徹底的に働く。
オーケストレーション層との役割分担
この性質は、Crestronなどのオーケストレーション層(司令塔)と組み合わさったときに、より明確な意味を持つ。
KNXは状態を正確に保持し、上位層たるオーケストレーション層からの制御に従い制御を行う。
指令はオーケストレーション層にゆだね、UIはHome Assistantなどにゆだね、ただひたすら制御を担い続ける。
ラグジュアリー邸宅におけるKNXの意味

10年・20年・30年スパンでの設計耐性
ラグジュアリー邸宅においてKNXが選ばれ続ける理由は単純だ。
10年、20年、30年という長きにわたる時間軸で、設計意図を裏切らないからである。
無線規格が変わっても、クラウドサービスが終了しても、住宅の振る舞いは変わらない。
KNXは、時間に侵食されない建築インフラとして機能する。
KNXが「最初に選ばれるべき理由」
一方で、KNXは後付けには向かない。これは欠点ではなく、思想の帰結だ。
KNXは「とりあえず入れる」技術ではない。
住宅をどう完成させたいのか、どこまでを建築として引き受けるのか。その問いに答えを持つ設計者のためのプロトコルである。
KNXが提示しているのは、便利さを誇示する家ではない。
静かに、自律し、裏切らない住まいだ。
スマートホームを建築の言葉として紡ぎ出すとき、KNXはいまなお、最も正統な出発点であり続けている。
本連載の構成(予定)
- KNXとは何か
── 分散制御が育んだ「住宅OS的思想」【本記事】 - BACnetとは何か
── ビル由来プロトコルが、なぜラグジュアリー邸宅に入ってきたのか - Modbusとは何か
── 原始的だが、住宅を裏切らない「透明な言語」 - DALI/DALI-2とは何か
── 照明を“演出”から“建築要素”へ引き戻した制御思想 - ECHONET Liteとは何か
── 日本独自の住宅思想は、なぜ世界と接続できなかったのか
スマートホームは2つの系譜に分かれる──Fieldbus・ローカル制御が導く「Your home is yours.」という思想
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