「住まいの詩学」―第3回:素材の色・質感・光~空間に命を吹き込むディテール―
一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト/町田瑞穂ドロテア 取材/杉浦みな子
木材、革、ファー、金属――インテリアに使われる素材には、それぞれ異なる“呼吸”があります。本連載ではこれまで、「住まいにおける思想」や「名作家具」という大きなテーマを通して、町田瑞穂ドロテアさんにインテリアの本質を紐解いていただきました。第3回となる今回は、視点をぐっと細部へと寄せ、「素材」という、空間を形づくる最小単位に光を当てていきます。

一級建築士
統括デザイナー
ストレスアナリスト
スイス生まれ。
武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)
日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。
2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designインテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。
素材の色・質感は、“光”によって表現される
「インテリアデザインは、素材から始まると言っても過言ではありません」と瑞穂さんは語ります。素材が持つ“色”と“質感”は、インテリアの性格を決める重大要素です。
「同じ色でも、素材が変われば、見え方はまったく違ってきます。また、似た質感の素材でも色が変われば、そこから受け取る印象は異なります。なので、色や質感はそれぞれ単体で考えるものではなく、空間づくりの素材を選ぶ際には、一緒に考えています」(以下、太字カッコ内の言葉は瑞穂さん)

そしてそれは、“光”というキーワードと切り離せません。
「素材の持つ色や質感を映し出すのが、“光”であることを忘れてはいけません。素材の色や質感は、光を反射して私たちの目に届くものだからです。素材と光はセットなんです。素材によって光の受け方が変わり、その影響で影が生まれ、色味や印象も変化します。
ですので私のインテリアデザインでは、素材の選定を起点に、色・質感・光の関係性も含めて、一体として考えています」
素材選びには絶対的な正解はなく、住む人の暮らし方と密接につながることで決定されると瑞穂さんは言います。
「椅子ひとつ選ぶ場合でも、単に“座るための道具”としてではなく、お客さまの望む空間の中にどう佇むのかを考えます。そのとき大きな要素になるのが、椅子を構成する素材の色や質感、そして形状なんですね。
光が素材を映し出し、そこにあるさまざまな色と質感が重なり合って、その人だけのオリジナル空間が生まれるんです。そんな風に、インテリアには、住む人の価値観や美意識、そしてその人の個性が香り立つように表れてほしいと思っています」


そして、住む人の暮らしに寄り添う素材を選ぶことも重要です。
「素材の見た目や触り心地を重要視する方もいれば、ペットや小さいお子さんがいてお手入れのしやすさを優先されるご家庭もあります。
たとえば、最近はマット仕上げの素材が好まれる傾向にありますが、手の跡や汚れが目立ちやすいものもあるため、メンテナンス性を最優先に考える場合は、選択肢から外れることもあります。だからこそ、そこに暮らす人それぞれのライフスタイルに合った素材や仕上げを選ぶことが、何よりも大切なんです」
さらに、長く暮らすことを前提とするインテリアにおいては、素材が“時間の経過”によって変わっていくこともまた大きな要素だとか。
「素材の経年変化がもたらす表情も、ひとつの味です。それって、そこに暮らした時間の痕跡なんですよ。インテリアは使い込まれることでこそ、空間のオリジナリティがより深まっていきます。そんな風に、素材ごとに生まれる経年変化まで見越してコーディネートするのが大事ですね」
五感と記憶に響く、ディテールの力
また、素材の色や質感は、視覚的な美しさにとどまらず、触覚をはじめとする感覚や、そこで過ごした体験の記憶にも影響してきます。特に単体の色や質感でなく、いくつかの要素が重なり合うことで、より深く記憶されるとのこと。
「たとえば木の椅子があったとき、そこにやわらかいファー素材を合わせると、異なる質感の組み合わせならではの座り心地になりますよね。木の硬さだけでなく、ファーのふわふわ感が加わることで、触れたときの印象がより立体的になり、感触の記憶として残りやすくなることがあります。
これは色でも同じです。遠目には単色に見えても、近くで見ると複数の色が織り込まれているツイードのような素材は、視覚に“陰影のニュアンス”が加わり、印象に奥行きが生まれます。私たちはそれを意識して分析しているわけではなくても、無意識のうちにその複雑さを心地よさとして受け取っていることがあると思います。そのような意味で、色が単純じゃない素材のほうが、より五感に響く要素を持っていると思います」

もちろんインテリアでは、観葉植物やアート、照明などのアクセサリーも大事。しかしそれらを生かすためには、まず土台づくりが大事であると瑞穂さんは語ります。
「インテリアデザインにおいては、まず空間を全体を見たときの“色のバランス”がとても重要です。そして、視線が落ち着く場所=フォーカルポイントをつくることも大切です。部屋全体は基本的に2〜3色を軸にまとめつつ、視覚的なアクセントとなる要素をリズムのように散りばめていく。そういう組み立て方も、ひとつのセオリーですね。
しかし装飾品は最後の仕上げ。空間に個性を与えるためのアイテムなんです。まず土台となる空間の素材、その色や質感が整っていなければ、アートや照明、植物といったアクセサリーも、本当の意味で生きてきません」

国・民族によっても異なる“色”への感覚
色にも質感にも個々の個性がある中、特に「色には人格がある」と瑞穂さんは語ります。
「それぞれの色が持つ心理作用があるんですよね。さらに国によっても、色の持つ意味や受け取られ方も変わってきますし、とにかく色の世界は本当に奥深いです。
昔、英国のインテリア学校に通った時、授業で“ナチュラルなもの”というお題を出されたことがあったんです。日本人の感覚だと、コットンやウッドなど、そういう素材からくる自然な色のものを選ぶことが多いと思います。 ところがそのとき、スペイン人の同級生がオレンジなどのビタミンカラーを選んできたんです。
そのとき、国や民族によって色の感覚が違うことを強く実感したんです。国によって身近な素材が異なるからこそ、そこから生まれる色の使い方にも、その土地ならではの個性が表れてくるんですよね」


なお、日本の建築の場合は、色使いに慎重になる傾向も。瑞穂さんは、江戸時代から一般家屋に単色のものが多かったことを挙げ、そこに歴史的背景を見ます。
「江戸時代に火事が多かったことの影響は、少なからずあったと思いますね。火事で焼失する恐れがあるなら、最初から建築には多くの色を施さないことが合理的だったのではないかと。彩色には手間もコストもかかりますし。
一方で、寺社や祭礼など晴れの場に関わる特別な建造物には、華やかな色を使うという文化。なんとなく日本人の中で、そんな美意識が根付いているところもあるのかもしれません」
素材のディテールを整えることで、インテリアに魂が宿る
なお、江戸時代と比べて火事のリスクが低くなった現代日本ですが、近年はシックで落ち着くインテリアが好まれる傾向にあります。それに対し、瑞穂さんは「インテリアデザインが静かになっていることを、少し寂しく感じることがあります」とも語りました。
「情報過多な現代において、人々は無意識に“静かな空間”を求めているのかもしれません。これも時代性と言えるでしょう。でも素材の色や素材を楽しむことは、色々な食べ物の味を楽しむのと同じだと思うのです。ひとつの味だけではなく、多様な味を知ることで、感覚は豊かになりますよね」
「大きな面積で取り入れなくてもいいので、クッションや小物からさまざまな色や質感を試してみてはいかがでしょうか。単に“赤”ひとつとっても、明度や彩度が違えば見え方が変わってきて、自分にしっくりくる赤が見つかることもあると思います。だからこそ、もっと冒険してほしいですね。
みんなと同じインテリアではなく、自分の個性がにじみ出るような空間のほうが楽しいじゃないですか。本棚を見ればその人がわかるように、住まいにもその人のストーリーが感じられてほしいなと思います」
もちろん、多様な色や素材を闇雲に取り入れるだけでは、空間はうまくまとまりません。大事なのは、空間の中で素材を生かすために細かなディテールを整えること。
「たとえば、造作家具作るときにピン角ではなく面を取るとか、人工素材の違和感をできるだけなくして空間になじませるとか、そういう小さなディテールの処理を積み重ねることで、空間に柔らかさと自然な落ち着きが生まれてきます。私たちはそうやって、意識せず居心地の良さを感じられる空間をデザインしているんです。デザイナーの目と職人さんの手が重なることで、インテリアに魂が宿る。私はそう思っています」
素材のディテールを整えることで、生き生きと輝き始めるインテリア。そこを光が照らすことで浮かび上がる、さまざまな素材の色と質感。“住まいの呼吸”は、こうした小さな積み重ねから生まれているのです。

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一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト
町田瑞穂ドロテア
スイス生まれ。武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)。日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。 2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designインテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。
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取材
杉浦 みな子
1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学時は映画研究会で映像制作に勤しみつつ、文芸評論家・福田和也教授に師事。2010年よりAV・家電メディアの編集/記者/ライターとして13年間従事し、音楽とコンシューマーエレクトロニクス系の分野を担当。2023年独立。音楽・オーディオ・家電から、歴史・カルチャーまで幅広いテーマで執筆中。実績はこちらから→https://sugiuraminako.edire.co/