【住まいの詩学】 ―第1回:五感を刺激するインテリア総論 ~光、音、香り、素材、食の彩り―
一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト/町田瑞穂ドロテア 取材/杉浦みな子
住まいを考えるとき、私たちはつい「目で見えるもの」ばかりに意識を向けてしまいます。しかし心地よい空間とは、見た目の美しさだけでなく、五感すべてで受け取るもの。そう教えてくれたのは、インテリアデザイナーの町田瑞穂ドロテアさん。五感を通して住まいを見つめ直すとき、日常は“詩的”に輝き出します。
“五感”に響き合うインテリア
「インテリアデザインの中心には、常に“ひとの暮らし”があります。心地よい空間を作り上げるためには、そこで生活するひとが持つ感覚や情緒が切り離せません。そうすると、自然に、暮らしているひとの“五感”というキーワードが浮かび上がってくるんです」と、瑞穂さんは語ります。

一級建築士
統括デザイナー
ストレスアナリスト
スイス生まれ。
武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)
日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。
2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designインテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。
「部屋や家具の配置を整えるだけではなく、そこに暮らすひとがどう生きたいか、どんな時間を重ねていきたいかを反映させるのがインテリアデザイン。家族構成や趣味、過去の経験まで含めて、そのひとだけの“暮らしの物語”に寄り添う空間を作っていくのが、私の仕事です」(以下、太字カッコ内の言葉は瑞穂さん)
本連載「住まいの詩学~美しく生きるためのインテリア」では、そんな瑞穂さんのメッセージを通じて、五感から住まいを詩的に味わう視点をお届けします。
第1回は、その総論として「視覚」「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」の5つの感覚が、どのように空間と響き合うのかを教えていただきました。
視覚 ── インテリアを照らす“光”に時代の色が見える
まずは五感の中でも、インテリアを見るときに最もわかりやすい「視覚」について。
もちろん壁や家具などの見た目も重要ですが、視覚の根本を支えるのは、それを照らす照明や自然光。瑞穂さんは「つまり“光”の存在が、住まいの視覚的な空間演出を大きく左右するのです。そして時代の変化とともに、人々の“光の好み”も変わってきているようです」と言います。
「ひと昔前は、家庭のあかりは暖かみのあるオレンジなど暖色系が人気でしたが、近年は温暖化の影響で普段から暖かさを感じやすいからか、自然光に近いあかりが好まれる傾向です。大きな開口部から自然光を取り入れた、ナチュラルで明るい空間作りが増えていますね」

「また、LED照明が普及して光が直線的になったぶん、心地よい空間を作るためには、シェードを使ったり間接照明にするなどして、柔らかい光にする工夫も大切になってきました。家庭のあかりの色は、実は社会環境や時代性が大きく現れるんです」
聴覚 ── おもてなしの空間をつくる“音”
続いては「聴覚」。瑞穂さんによれば、「住宅設計において、音はおもてなしの一部になります」とのこと。
特に、瑞穂さんの「青山スタイル」代表(=日本で初めて「インテリアコーディネーター」のキャリアを提唱した町田ひろ子氏)から聞いた話が印象的だったと教えてくれました。
「代表が、かつてカナダの交換留学生として、現地の富裕層の邸宅を訪れたときのエピソードです。その家では、車が車庫に到着すると家全体の照明が点き、玄関を開けると同時に音楽が流れるデザインになっていたそうです。
聞けば、家主が“妻が家に帰ってきた時に、喜んでもらいたくてこの仕掛けにした”とのこと。それを聞いて感動したんです。家に帰ってきた時に楽しくなるために音楽を鳴らすって、すごくハッピーな空間デザインですよね」

この仕組みは同時に、お客様を迎えたときの演出にもなっています。つまり、そこに住んでいるひとや訪れるひとを、音楽がおもてなししているということ。
「音楽の響きって、その場にいるひとの気持ちに大きく影響しますよね。注目されにくいかもしれませんが、実は“音”は、空間づくりにとても重要な要素なんです」
嗅覚 ── “香り”は記憶とつながり空間を満たす
「嗅覚」は、記憶中枢と結びつきやすい感覚と言われます。
「朝、コーヒーを淹れたときの香りや、炊き立てのご飯の匂いって、暮らしの想い出と密接につながっているんですよね。そういう暮らしの中の見えない“香り”までイメージすることで、空間デザインの心地よさに活かしています」と瑞穂さん。

そう、私たちの日常をさりげなく包むさまざまな香りは、いつの間にか生活の記憶そのものとして、五感に刻まれていきます。特に瑞穂さんは自身の体験から、“香り”が想い出とつながる大きな影響を実感したと言います。
「私はスイスで生まれ、3歳までそこで育ちました。当時のことはほとんど記憶にないんですが、大学生になって再び生家を訪れたとき、思わず涙が出たんです。幼少期に身近にあった庭と風の匂いとか、自然の空気感──そういったものが心の奥に残っていたのかなって。
ひとの記憶って視覚だけじゃなく、こういう見えないものでも蘇るんだなと感じた体験でした。生活空間でどんな香りがするかって、家の想い出と直結する大事な要素なんですよ」
触覚 ── さまざまな“素材”が演出する暮らしの居心地
五感の中でも、特に「触覚」は、空間の居心地に直接影響を与える感覚です。
瑞穂さんは「インテリアデザインは、素材から始まると言っても過言ではありません。住んでいるひとの体に直接触れる要素なので、とても重要です」と語ります。

「最たるものは床ですね。フローリング、大理石、日本家屋なら畳と素材は色々ありますが、床の上を裸足で歩いたときの感触は、その空間での居心地を大きく左右します。
それに、テーブルの木肌、革張りのソファ、ふわふわなラグ……素材によって異なる触り心地が、暮らしの感触に直結するんですよね。目に見えるものだけではなくて、頬に触れる風が気持ち良いという感覚も触覚のうちです」

なお近年は、テクスチャー感のある素材が好まれているのもおもしろい傾向だそう。
「壁であれば、塗り壁やエンボス加工された質感のある壁紙。ソファや椅子などの家具に使われるファブリックだと、ブークレという立体感のある素材が人気です」

糸の輪が表面に不規則に散りばめられた立体的な素材、ブークレ
「いずれも、光が差すことで陰影が作られる効果がある素材。デジタル時代になって、実際に触れなくても“見た目に触感を感じる”素材が求められているのかもしれませんね。インテリア素材の質感には、その時代のライフスタイルが映るんです」
味覚 ── “キッチン・ダイニング”は家族をつなぐ場所
そして最後の五感、「味覚」。
食べ物の味が生まれるキッチンやダイニングは、「家族の心をつなぐ場所でもあります。誰とどんな食事の時間を過ごすか、それが暮らしを豊かにします」と瑞穂さんは言います。
キッチンとダイニングで生み出されるのは「味覚」だけでなく、料理の「匂い」「音」「食感」なども五感を刺激します。そして、実は「光」の要素も揃っています。
瑞穂さんは、「インテリア的に大事なのは、おいしく楽しい時間を過ごせるようにコーディネートすること。照明のデザインが重要なんです」と語ってくれました。

「ダイニングの照明は暖かみのある色にすると、料理がおいしく映えます。一方で、キッチンは作業をする場所として、手元が見えやすいようタスクライティングにするなど、さまざまな工夫が施されます。
それに、ダイニングテーブルの素材や形も重要です。食卓を丸にするか四角にするかでも、食事をするときの感覚はかなり変わってきます」
また、ひと昔前はキッチン・ダイニング・リビングが分かれた間取りも多かったですが、最近はオープンキッチンが主流なのも時代性。
「キッチンがダイニングやリビングとつながって、自由に回遊できるレイアウトが好まれています。家族が集まり、自然に会話が生まれる場所に“味覚”があるのは大きな要素。将来的に振り返ったとき、食卓で楽しく過ごした時間は、きっと一番の想い出になりますよね」
“五感”を意識して豊かになる暮らし
一方、瑞穂さん自身の心地良さに通じるインテリア要素を伺ってみると、「古き良きもの」というキーワードが。瑞穂さんは「デザインは、過去の文化をリスペクトしながら発展していくもの」と語ります。
「過去の文化に敬意を払いながら、新しいものに進化させていくという考え方は、たとえば英国なんかに根付いていますよね。私も3ヶ月くらい渡英していたことがあるのですが、歴史に経緯をはらう考え方は、すばらしいと思います。
実は私、今は曽祖母の代からある築60年の家に住んでいて、古くからの日本家屋が持つ文化に触れながら、現代のインテリアの仕事をしているんです。自宅に戻ると、原点に帰るみたいですごく癒されるんですよ。古き良き空間が、私にとって心地良い場所です」

最後に、私たちがインテリアの中にある五感を意識する工夫を、瑞穂さんに教えていただきました。
「特別なことはしなくても、たとえば香りを取り入れるなら、心地よいアロマを家族で選んでみることから始めるのはどうでしょうか。
最近はIoTで、室内の香りをコントロールする機器もあります。朝はすっきりした香り、夜は落ち着く香りと行った感じで、時間帯や季節に合わせて変えると気持ちも整います。香りは癒し効果もあり、ウェルネスに直結しますからね。
聴覚の部分では、好きな音楽をかけるだけでも、空間が華やぎます。あと、家族みんなでキッチンに立つ時間をぜひ作ってほしいです。小さいお子さんもお手伝いで一緒に。大きくなったとき、大事な想い出として嗅覚と味覚の記憶に刻まれるはず」
瑞穂さんは、LWLが掲げる“ラグジュアリー&ウェルネス”の理念にも、「ラグジュアリーだけでなく、ウェルネスが融合しているのが良いですね」と深く共感。ラグジュアリーとは、自分や他者を丁寧にもてなすこと。いわば、生活の中に五感を通じた心地よさを取り戻すことであり、それこそが“心身ともに豊かな暮らし”という今の時代のウェルネス感につながっていきます。
「この連載が、皆さんが“自分ならではの心地よい暮らし”を見つける手助けになればと思います。誰かの真似ではなく、自分にとっての心地よさに気づいて、豊かな暮らしの実現に役立ててもらえたら嬉しいです」
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一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト
町田瑞穂ドロテア
スイス生まれ。武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)。日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。 2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designインテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。
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取材
杉浦 みな子
1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学時は映画研究会で映像制作に勤しみつつ、文芸評論家・福田和也教授に師事。2010年よりAV・家電メディアの編集/記者/ライターとして13年間従事し、音楽とコンシューマーエレクトロニクス系の分野を担当。2023年独立。音楽・オーディオ・家電から、歴史・カルチャーまで幅広いテーマで執筆中。実績はこちらから→https://sugiuraminako.edire.co/