【渡我部一成が語る暮らしの哲学】第1章:「ラグジュアリー」と「ウェルネス」の交点─LWLの理念

株式会社GA代表取締役/渡我部一成 取材/杉浦みな子

今、「ラグジュアリー」という言葉の意味が変わりつつあります。それはもはや“豪華なモノ”を所有することではなく、心と体が満たされる“体験”としての豊かさ。そんな次世代の価値観を起点に、「ラグジュアリー」と「ウェルネス」という2つの領域を横断的に考えるのが、「Living Wellness in Luxury®(LWL)」の視点です。 本連載では、LWLを主宰するブランディング・プロデューサー、渡我部一成さんが、自らの経験と国際的な潮流をもとに、これからの暮らしの哲学を語ります。

渡我部一成(わたかべ かずなり) 
株式会社GA代表取締役。ファッションブランド「FENDI」、高級フィットネスマシンブランド「TECHNOGYM」をはじめ、ジュエリー、化粧品等様々な業種でビジネスを成功に導いてきたブランディング・プロデューサー。「家の中での生活をより快適にラグジュアリーに過ごす」というライフスタイルコンセプトのもと、住環境に関わる世界のトップブランドが集結するCo-Brandingイベント「Living Wellness in Luxury®(LWL)」を2010年に立ち上げ、15年間に渡りオーガナイズしている。

次世代に向けて、私たちはどんな時間と空間を選び取って生きていくのか。インテリア、建築、アート、テクノロジー、そして心のあり方にまで広がる「Luxury × Wellness」の世界を、12の対話を通じて探ってみたいと思います。

第1回は、LWLの原点である「ラグジュアリー」と「ウェルネス」の関係がテーマ。渡我部さんの言葉を通じて、“豊かに生きること”の本質に触れていきましょう。

本質的に豊かな暮らしの実現へ「ラグジュアリー」と「ウェルネス」は補完し合う

── LWLが掲げる“Living Wellness in Luxury®”とは、家の中での生活をいかに快適でラグジュアリーに過ごすかという、これからの時代が求める新しいライフスタイルコンセプト。まず、ここで言う「ラグジュアリー」とはどのような概念なのでしょうか?

渡我部一成氏(以下、渡我部): 「ラグジュアリー」と聞いて、多くの方は「豪華」や「高価」といったキーワードを思い浮かべるかもしれません。しかし私がLWLの活動で提唱しているラグジュアリーとは、物質的なことだけではなく、心地良い時間の使い方や空間の過ごし方を工夫して、「本質的な豊かさ」を体験できることなのです。

私は20代でFENDIのPRに携わり、その後は数社のブランディングを経て、イタリア製高級フィットネスマシンブランド「テクノジム」の日本コンシューマー事業の立ち上げに関わりました。そのキャリアの中で、富裕層の方々と接する機会が多くあったのですが、いちばん求められたのが「健康」や「心のゆとり」だったのです。

つまり皆さん、「心身共によりよく生きる」という体験そのものを欲している。ここは本当に共通していて、「時間や空間の豊かさ」を重要視されているんですね。これこそが本質的なラグジュアリー感です。 

そこで2010年に、「Living Wellness in Luxury®」という基本コンセプトを打ち出して、モノだけではなく次世代の豊かなライフスタイル全体を提案・発信するプラットフォームとして、「LWL」を立ち上げました。

最初はポーゲンポール、バング&オルフセン、テクノジムという、ウェルネスライフスタイルを送るために欠かせない世界のトップブランド3社から始まり、どんどん発展していって、現在までに60社を超える企業に参画いただいています。 

── 「ウェルネス」という言葉も広義に使われていますね。渡我部さんの中にある定義を教えてください。 

渡我部: ウェルネスは、「健康」や「運動」だけにとどまらず、暮らしそのものに直結するキーワードです。わかりやすい例としては、テクノジムが1990年代から掲げてきた「The Wellness Company」というタグライン。この思想では、「日常的な運動習慣・バランスの取れた食事・ストレスのない精神状態」という3つの要素が調和することをウェルネスとしています。 

いわばウェルネスとは「ライフスタイルの質」を問う概念と言えるでしょう。ですから、美しいインテリアや心地よい住空間を作ることも、豊かなウェルネスライフの一部として捉えられます。 

そしてこれは、先ほどラグジュアリーの概念として挙げた「心身共によりよく生きる」という体験につながっています。暮らしの質を高めるうえで、ラグジュアリーとウェルネスは互いを補完する関係なんです。 

── ラグジュアリーとウェルネス。一見異なるように感じる領域は、“心身共に豊かな暮らし”という軸で交わっているんですね。 

渡我部: 実際、欧米の富裕層のライフスタイルを見ると、まさに両者が融合しています。彼らは自宅に高級なキッチンやホームジムを導入し、それによって「自宅で健康になれる環境」を整えています。それらを揃えるのは贅沢のためではないんですね。自分の時間を豊かに使うために必要な投資なんです。 

ホームジムのような大がかりなものだけではなく、室内にアートを飾ったり音楽を楽しむ環境を作ったり、そういった「自分にとっての心地よい空間」を作ることが、心身を豊かに満たすことにつながります。そんな暮らし方が、LWLが掲げる「Luxury × Wellness」の本質なのです。 

── 近年、人々の住まいや暮らしの中で、この考え方はどのように表れているでしょうか? 

渡我部: 日本でもホームパーティ文化が広がっていたり、ホームジムやサウナを導入する人も増えていて、「家の中で完結する豊かさ」が注目されています。最近では日本でも、若い世代の富裕層を中心に、自宅の環境や自分の健康にお金を使う人が増えていますね。

もはや自宅のインテリアは「誰かに見せるための贅沢」ではなく、「自分がエネルギーチャージできる空間づくり」の方が価値になっていると感じます。

「時間の質をどう設計するか」ということはとても大事です。今はコロナ禍を経て、スマートホーム技術やAIの進化もあり、時間を短縮しながら心地よさを得られる環境が整えやすくなっているのも便利です。 

従来は「どれだけ効率的に働くか」という価値観が世間一般を占めていましたが、今や「自分の時間をどれだけ丁寧に過ごすか」が大きな価値になってきていると言えるでしょう。 

「ウェルビーイング」と「SDGs」という世界的潮流

── 渡我部さんが提唱する「ウェルネス」の考え方は世界的な潮流にもなってきていると思われますが、その背景をどう見ていますか? 

渡我部: やはり「ウェルビーイング」や「SDGs」の概念が、世界的に浸透してきたことが大きいでしょう。先ほど申し上げた通り、今はモノが溢れる時代にあって、富裕層は物的な消費に飽きつつあります。彼らが求めているのは、心身共に良好で満たされている体験。 

ウェルビーイングとは、そんな状態が持続する幸せを示した概念です。この概念は1946年からWHOが提唱したものでしたが、コロナ禍もきっかけとなり、再び脚光が集まっているのです。 

日本では、2021年に政府の「成長戦略実行計画」の中で「国民がWell-beingを実感できる社会の実現」が提唱され、2022年の日経新聞で「今年をウエルビーイング元年に」と報じられたこともあり、社会全体で取り組みを進める流れになっているんですね。そしてまた、SDGsが提唱する「持続可能な開発目標」もそれとシンクロし、人々が「本質的に幸福な暮らし」を実現する社会につながっていく内容です。

そこで世界的なハイブランドも、この流れを意識した取り組みを行っている。近年は、ラグジュアリーブランドがホテルやレジデンスを手掛けることが増えています。つまり、従来のようにモノの販売だけでなく、「顧客に豊かな体験を提供する時間や空間をデザインすること」がトレンドになっているのです。

── LWLでは「サステナビリティ」や「社会貢献」といったテーマも重要視されていますね。 

渡我部: 「PERMA理論」という、ウェルビーイングを構成する基本概念があります。「P=ポジティブ感情、E=エンゲージメント、R=人間関係、M=意味・意義、A=達成感」というもので、特に注目したいのは「M=意味・意義」と「A=達成感」。「人は人生の意義や目的を達成している時に、ポジティブな感情や没頭に良い傾向をもたらす」とされます。 

人間が持つ悩みの基本は「お金・健康・人間関係」で、まずこの3つが満たされると幸福度は高まるのですが、さらに「人に対して親切にする+社会貢献する」ことで、より高められるんですね。つまり、他者の幸福や社会全体に貢献することで、自身の「人生に意味がある」と感じることが幸せにつながる。PERMA理論の「M=意味・意義」を表します。

これは、いわばサステナビリティや社会貢献というノブレス・オブリージュ的な行動が、心身共に健康で満たされた暮らしに直結するということで、LWLでも重要視しています。

なお、ウェルビーイングの仕組みは、SDGSの概念を表す「SDGsウエディングケーキ」と呼ばれる構造モデルに置き換えると、非常に理解しやすいです。SDGsの土台にある「環境」は、ウェルビーイングで言う「健康」にあたります。同じく「社会」は「人間関係」、最後に「経済」は「仕事のパフォーマンス」ですね。 

経済は重要ですが、環境・社会がしっかりしていてこそ成り立つもの。私たちの仕事のパフォーマンスも、健康や人間関係といったウェルビーイングの土台が整わなければ成り立たないのです。 

── 最後に、渡我部さん自身が「Luxury × Wellness」な暮らしを実感するエピソードはありますか? 

渡我部: 具体的に何か一つのエピソードがあるというよりは、常に心地よい時間と空間づくりでエネルギーチャージを意識する。そういう生き方・暮らし方をしていることですかね。 

私は、起床したらまずメディテーション(瞑想)をします。そして白湯を飲み、スムージーを作って1日をスタートします。週3~4回のワークアウトに加え、心身のリカバリーのために、サウナや酸素カプセルを使うこともライフスタイルの一部としています。食生活も、基本は菜食・フルーツを中心にバランスを意識しています。

言葉にすると、ちょっとストイックに聞こえるかもしれませんが(笑)、それが自分のエネルギーを保つ秘訣で、そういうのが心地よいんです。ワークアウトやサウナも、私にとっては「me time(ミータイム=自分のための、自分が楽しめる時間)」を構成する、リラックスの一環。自分のme timeを満足して過ごせることが、ラグジュアリーな生活だと思うんですね。

健康を意識することは、本当に重要ですよ。現代は時間に追われている方も多いと思いますが、最も大事な健康のために使う時間は、優先的に確保するのが良いでしょう。 

総じて「Luxury × Wellness」とは、自分自身の心身を丁寧に扱うこと。自分のためのリラックス時間を作ること。最近、日本でもそういった生き方をしている方が増えているのは、良い流れですね。それがLWLの目指す“豊かさ”の原点です。

  • 株式会社GA代表取締役

    渡我部一成

    株式会社GA代表取締役。ファッションブランド「FENDI」、高級フィットネスマシンブランド「TECHNOGYM」をはじめ、ジュエリー、化粧品等様々な業種でビジネスを成功に導いてきたブランディング・プロデューサー。「家の中での生活をより快適にラグジュアリーに過ごす」というライフスタイルコンセプトのもと、住環境に関わる世界のトップブランドが集結するCo-Brandingイベント「Living Wellness in Luxury(LWL)」を2010年に立ち上げ、15年間に渡りオーガナイズしている。

  • 取材

    杉浦 みな子

    1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学時は映画研究会で映像制作に勤しみつつ、文芸評論家・福田和也教授に師事。2010年よりAV・家電メディアの編集/記者/ライターとして13年間従事し、音楽とコンシューマーエレクトロニクス系の分野を担当。2023年独立。音楽・オーディオ・家電から、歴史・カルチャーまで幅広いテーマで執筆中。実績はこちらから→https://sugiuraminako.edire.co/

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