【住まいの詩学】―第2回:名作家具の再発見と、現代的コーディネート― 

一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト/町田瑞穂ドロテア 取材/杉浦みな子

近年、改めて注目を集める“名作家具”。そう、家具には人の記憶をそっと受け止める力があります。自分の生き方に合う家具を見つけて愛でる大切さを、インテリアデザイナーの町田瑞穂ドロテアさんに語っていただきました。

町田瑞穂ドロテア
 
一級建築士
統括デザイナー
ストレスアナリスト

スイス生まれ。
武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)
日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。
2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designインテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。

青山スタイル

名作家具には、各時代の思想が息づいている

近年、改めて“名作家具”が注目を集めています。瑞穂さんはその理由を、単なるリバイバルブームではなく、「現代の価値観の変化に呼応して、さまざまな時代の思想が再発見されている」と語ります。その背景にあるのは、住空間に息づく“ストーリー性”。 

「名作家具には、その時代が模索してきたデザインの集大成が宿っています。バウハウスの機能主義、北欧モダンの“人間のための有機的デザイン”、そして70年代ポストモダンでは様式や装飾の再構築と表現の時代になっていました」(以下、太字カッコ内の言葉は瑞穂さん) 

名作家具として知られる、バウハウスを代表するマルセル・ブロイヤー「ワシリー・チェア」

「これら、名作家具がつくられた各時代の文化的背景やストーリーが、現代の人の価値観と響き合うことで、その価値が再発見されているのだと思いますね。名作家具を所有するということは、“その家具が生まれた時代そのものを愛でる”ことにも近いのです」 

名作家具というと、デザイン史に出てくる歴史的鑑賞物のような印象もありますが、瑞穂さんの言葉に触れていると、むしろ今も人の暮らしの中にあってこそ意味をもつ存在だと気づかされます。 

「もちろん、単に“有名だから”とか、“見た目がカッコ良いから”という理由で名作家具を選んでも良いんですよ。おうちのなかにデザイン家具が入ると、それだけで空間が華やぎます。

でも、名作家具が生まれた背景を知り、そのデザインが背負う時代性も含めて自分の暮らしに迎え入れていることに気づくと、グッと深みが増しませんか」 

家具同士に会話させる距離感

では、そんな名作家具を自宅に配置するには、どんなことに気をつければ良いのでしょうか。瑞穂さんは、インテリアコーディネーターとして家具に触れるとき、特に居住者とのマッチングを重要視すると言います。インテリアの動線を見るのはもちろん、その人の生活リズムや美意識まで読み取って、そこに配置する家具を提案しています。 

「やはり、家具は生活に溶け込んでほしいのです。どのお客さまも、まずインテリア全体のテーマを設定し、その象徴になるような家具を合わせていきます。テーマに合うものを選別する中で、現代の最新デザインの家具がぴったりな場合もあれば、アンティークの名作家具がしっくり来るときもあります」

「Serenity rhythm」をコンセプトとした部屋。洗練されたデザインのイタリアン家具を中心に曲線や直線、ディテールとなる素材の質感など細部までこだわっているブランドのアイテムを丁寧に選択。素材は天然大理石の自然な柄、ファブリックでは織りやキルティング、ベルベットなど光により表情が変わるものを取り入れている

家具を選ぶとき、私たちはつい“どれを置くか”ばかりに気を取られてしまいますが、瑞穂さんは、家具と家具のあいだに生まれる“関係”こそが空間の質を決めると語ります。 

「家具も小物も、ただ置くだけではごちゃごちゃしてしまいます。それぞれが適度な距離感を保ちながら、まるで会話をするように配置することで、空間が整います」 

また、その空間の主役の家具を決めることも重要だと言います。 

「たとえば名作家具の場合、少し引いて眺めたときに本来の表情が立ち上がってきます。余裕のない空間に詰め込んでしまうと、せっかくの造形が生きません。家具の関係性をしっかり演出してあげることが大事です」 

家具同士の距離、そこに住む人の視線の流れ、配置する小物のグルーピング……これらの要素を整えることで、空間は“静かな対話”を始めるのです。 

“私にとっての名作家具”という視点

では、瑞穂さんが“名作”と呼びたくなる家具とはどんなものでしょうか? そこには“時代の象徴としての名作”と、“自分にとっての名作”の2種類があると言います。前者は、これまでに語られたような、その家具がつくられた時代を反映するデザインという意味での名作。 

そして後者は、自分の暮らしにとって価値があるという意味での名作です。 

「私にとっての名作家具のポイントは、いま住んでいる純和風の家屋に合う温かみのあるもの。そして使い勝手も大事な要素です」 

そう語る瑞穂さんがまず挙げたのが、ブルーノ・マットソンの「イージーチェア」。曲木のしなやかなラインが和室になじみ、何十年と使い続けても飽きが来ないデザインのチェアです。 

ブルーノ・マットソン「イージーチェア」
天童木工

「このイージーチェアはとても和室に合うし、フレームが軽くて畳を傷めない設計がぴったりなんです。しかも、古くなったらクッション部分だけを替えられるんですよ。

うちにあるものも長く使っている中で張り地が古くなってしまったので、途中で貼り替えました。実はネクタイ専門店に行って、好きな生地と色柄を選んで貼り替えたんです。そうやって使い続けています」 

さらに、30年近く使っているCALMA(design Kozo Abe)のソファもまた、瑞穂さんにとっての名作だと言います。 

CALMA(design Kozo Abe)

「これもソファのフレームはそのままに、ファブリックだけを自分の気に入ったものに張り替えて使っています。張り地を変えると、オリジナルからまた違った印象に生まれ変わるんですね。こんな風に、自分の暮らしに合わせてメンテナンスしていくのが、名作家具を長く使い続けるコツです」 

素材は時間をまとう──メンテナンスという愛情

そう、名作家具の素材は、その多くが“本物”。木、レザー、金属……いずれも時間とともに美しく変わりますが、同時に手入れを必要とします。瑞穂さんは、素材に合わせた家具メンテナンスの重要性を説きます。 

「たとえばレザーは、人間の肌と一緒なんですよ。ちゃんと保湿してあげないと乾いてしまう。やわらかいレザーほどデリケートなので、スキンケアするみたいにクリームを塗ってほしいですね」 

「スウェードは起毛していて油分に弱いので、インテリア小物で使う場合は、使用頻度も考えて配置することが必要だったりしますね。また、住む人のライフスタイルに合わせた素材選びも重要です。小さなお子さんがいる家庭なら合皮のほうが向いている、とか。 

そのほかの素材も、無垢材は経年変化することを前提に取り扱いますし、真鍮などの金属も磨くというメンテナンスありきの素材です。どんな名作家具も、放っておけば傷んでしまうもの。でも本物の素材だからこそ、手を入れれば長く美しく使えます」 

“サステナビリティ”という軸 ー 未来の名作家具へ

いま家具を選ぶとき、私たちが向き合うべきもうひとつの軸に“サステナビリティ”があります。瑞穂さんは「デザインが思想そのものを表す時代に、家具にも“マニフェスト”のような側面が出てきました」と言います。 

「2000年以降、家具のデザインにも思想が宿るシーンが増えてきました。近年、特徴的なのは、自然素材やリサイクル素材の活用など、環境に配慮するデザインですね。その視点で見ると、長く使うほど環境に良い=価値が出る家具になっています。こういったサステナビリティなデザインの中に、未来の名作家具が生まれるのだろうなと思います」 

従来のような、芯材にモールドウレタンで成形する家具だと分別が難しいですが、近年はそこもしっかり考えられていて、分別しやすい構造への転換が進んでいるとのこと。廃棄しやすさまで含めて家具のデザインに組み込む姿勢に、時代の価値観がにじんでいます。 

廃棄予定のアシックスシューズを粉砕し、家具のクッションにリサイクル材料として有効活用した「Polar Lounge Chair」の特別モデル

「少し前にカリモク家具が、アシックスのシューズ廃棄素材を使ったチェアを発表したのも象徴的でした。これぞ、素材の再利用という現代のサステナビリティと、古くから息づくクラフトマンシップの融合ですよね。そういった企業の思想に共感して家具を選ぶ、という視点も生まれているわけです」 

そう、未来の名作家具は造形美だけでなく、“思想の美しさ”をも帯びているのです。 

家具選び、最初の一歩は“好き”でいい

最後に、家具選びに迷う人へ、瑞穂さんはやさしく語ります。 

「最初は、“形や見た目が好き”でいいんです。古くからの名作家具に資産としての価値を見出すのもいい。たとえばビンテージの家具は、今では手に入らない素材を使っていたりして、深みがありますよね。そういうものを見て“素敵だな”と思うところから始めて、いつしかその背景やデザインの文脈を知るうちに、自分の生き方に合う家具が見えてくるはずです。 

インテリアコーディネーターの目線としては、人それぞれ暮らしのスタイルが違って面白いわけですが、そんな誰かの心地よさを形づくる重要な要素として、さまざまな家具が存在しているんです」 

家具とはそれを使う人の生き方の“輪郭”をそっと描いてくれる存在――人生を受け止める器のようなものなのです。 

  • 一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト

    町田瑞穂ドロテア

    スイス生まれ。武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)。日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。 2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designインテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。

  • 取材

    杉浦 みな子

    1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学時は映画研究会で映像制作に勤しみつつ、文芸評論家・福田和也教授に師事。2010年よりAV・家電メディアの編集/記者/ライターとして13年間従事し、音楽とコンシューマーエレクトロニクス系の分野を担当。2023年独立。音楽・オーディオ・家電から、歴史・カルチャーまで幅広いテーマで執筆中。実績はこちらから→https://sugiuraminako.edire.co/

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