【スマートホーム/ホームオートメーション特集】スマートホームの成否は「窓廻り」で決まる

 取材/LWL online編集部

スマートホームという言葉は、ずいぶん一般化した。照明が自動で切り替わり、空調が快適に保たれ、音楽がシーンに合わせて流れる──そうした「自動化された操作」を思い浮かべる人は多い。ラグジュアリー邸宅における快適さは、何かを操作できることではなく、「何もしなくていい状態」が続くことによって成立する。そして、その状態を最も左右しているのが、窓廻り=光の入口である。

そのスマートホーム、本当に「光」を制御できている?

スマートホームという言葉から、多くの人が思い浮かべるのは、照明が自動で切り替わり、空調が快適に保たれ、音楽がシーンに合わせて流れる──そんな「操作の自動化」だろう。
だが、空間の快適さを決定づけている最大の要素、実は「窓」である。

外光の入り方、日射の制御、視線の遮り方。
それらを司る窓廻りは、本来、照明や空調と同列の環境設備であるはずだ。
にもかかわらず、窓廻りはいまだに「最後に選ぶインテリア」として扱われがちである。

実体験—なぜわたしの自宅は「完成しきらないスマートホーム」になったのか

ここで、わたし自身の20年前の失敗談をひとつ共有したい。

20年前の新築時、わたしは自宅に照明制御としてLutronの「グラフィックアイ」を導入した。
グラフィックアイQSが登場する数年前。当時編集長を務めていた『ホームシアターファイル』誌での実例訪問取材記事において、グラフィックアイを導入した事例を見ていて、快適なシーンチェンジの心地よさを知り、自宅を建てる際は必ずグラフィックアイを導入しようと考えていた。
シーン制御による照明環境には、いまも大きな満足がある。

しかし──窓廻りについては、当時のわたしは照明と連動することなど、ほとんど何も考えていなかった。
照明コントロールは考えていたが、光のコントロールまで考えが至っていなかったのだ。
設計段階でロールスクリーンなど窓廻り用の電源を用意せず、その結果、シェードはすべて手動となった。後付けで電動化も検討したが、納まりは厳しい。
そのため、照明シーンと窓廻りは一切連動していない。

つまり、「光を制御するための照明制御」を導入しながら、光の入口である窓を制御していなかったという、致命的な分断が生まれてしまったのだ。

これは製品選びの問題ではない。わたし自身の大いなる失敗である。

なぜ窓廻りは、これほど軽視されてきたのか

なぜ窓廻りは、これほどまでに軽視されてきたのだろうか?
その理由は明解だ。

日本の住宅における窓廻りの役割分担を単純化してみると、設計(建築側)は開口サイズや方位を決める。一方で、シェードやカーテン、ロールスクリーンなど、窓廻りのエレメントを選ぶのはインテリアコーディネーターの役目であり、設備設計は窓廻りにはほぼ関与しないことが一般的である。

この分業は合理的であり、もちろん正しい。
しかし、そこに欠けているのは「統合」である。

その結果、「シェードやカーテンを電動にしたいが、電源がない」「窓廻りのエレメントがスマートホームの制御から切り離される」といった問題が生じるケースが後を絶たない。

窓廻りは「光の演出」だけではなく「環境制御設備」である

窓廻りが制御しているのは、単なる明るさではない。
「日射」「眩しさ」「室温変動」「プライバシー」「外部との心理的距離」。
これらはすべて、照明・空調・断熱と不可分の環境要素であり、「快適さ」「居心地の良さ」に直結する。
暮らし・家時間の質を左右すると言っても過言ではない。
つまり、建築統合型スマートホームが目指す「体験」に直接関係するのが窓廻りになる。

照明 × 窓 × 時間制御── 昼夜と季節を設計に組み込む

照明制御を本当に活かすには、時間軸と外光を含めた設計が不可欠だ。

昼間は外光を主光源とし、照明は補助にまわる。シェードやロールスクリーンは、日射角に応じて微調整される。
夕方になると、外光と人工照明の比率が逆転する。眩しさを抑えつつ、室内の陰影を整える必要がある。
夜は当然、窓廻りは静かに閉じ、照明が空間をつくる。
建築統合型スマートホームで重要なのは、「操作する」ことではなく、「状態が遷移する」ことだ。

ここまでは「光の制御」の話だが、窓廻りの役割として、もうひとつ重要な側面がある。
それが温熱環境との関係である。

空調 × 日射 × 遮蔽── 快適さの大半は窓廻りで決まる

空調性能をどれだけ高めても、日射制御が破綻していれば、快適さは成立しない。
夏は窓廻りの遮蔽が空調負荷を大きく左右する。
冬は昼間の日射取得が暖房効率を高める。
春や秋などの中間期は、窓廻り次第で空調そのものが不要になることもある。

窓廻りの設計と空調の設計は重なり合う領域が非常に大きい。
生活における快適さを担保するのは窓廻りと言っても、決して過言ではない。

スマートホームは「操作を減らす技術」ではない

ここまで見てきたように、窓廻りは決して「最後に選ぶインテリア」ではない

光の入り方を整え、日射と熱を制御し、視線と外部との距離感を調整する。

そのすべてを担っている窓廻りは照明や空調と同列に扱われるべき環境設備であり、ラグジュアリー邸宅における快適さを根底から支える設えである。

スマートホームとは、スマートスピーカーやスマホのアプリで簡単操作できる家のことではない。
ましてや、機能が多い家のことでもない。

本質は、操作しなくても自然に快適な状態が維持されることにある。
簡単な操作や洗練されたスマートフォンのUIはその副次的な産物にすぎない。

朝になれば過不足なく光が入り、日中は眩しさや熱が抑えられ、夜になれば何も意識せず落ち着ける。
その「何も起きていないように見える完成度」こそが、建築統合型スマートホームの到達点なのだ。

そして、その成否を分ける最初の分岐点が窓廻りを「設備」として捉えられるかどうかにある。

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