AI時代のキッチン。“食”に宿る人間性はどこへ行くか? 

オーディオ&サブカルライター/杉浦みな子 

スマートホームの進化に合わせ、家という場所は、単なる寝起きする空間から自分自身をケアする聖域へと変化し始めている。なかでも“食”を司るキッチンとダイニングは、その家のウェルネスを象徴する場所だ。先日、イケア・ジャパンが発表した調査結果は、現代の日本人が“料理と食事”に抱く、複雑で人間的な感情を浮き彫りにしている。

「週7回の調理」と「8%の自信」というパラドックス 

イケア・ジャパンは、2026年度の事業テーマに「料理と食事」を掲げ、世界規模で実施した調査から日本人の料理・食事の状況について発表した。この結果で興味深いのは、日本人の料理に対するストイックな姿勢と、それとは裏腹な自己評価の低さだ。 

世界平均で42%の人が週7回以上料理をするのに対し、日本人は50%に達する。つまり、日本は世界的に見ても、家で料理を作る頻度が高い国なのである。 

しかし、その一方で「自分の料理の腕に自信がある」と答えた日本人はわずか8%に過ぎない。世界平均が34%であることを考えると、この数字は驚くほど低い。 

つまり日本では、料理をする人の割合は高いものの、同時に日々やらなくてはならないことの一つであり、負担に感じている人が多いのだろう。背景には、栄養バランスへの義務感、あるいは「一汁三菜」のような伝統的な家庭料理への高い理想が、プレッシャーとして存在しているのもあるのではないか。 

さらに、料理をする上での障壁として挙げられたのは、「1:時間がない」「2:料理のインスピレーションがない(レパートリーの少なさ)」「3:料理スキルがない」の3点だった。共働き世帯の増加や暮らしの中での選択肢の広がりといった社会的要因に加え、料理そのものに自信が持てないことも、大きく影響していると考えられる。 

日本のキッチンの現実として、忙しすぎる日常のしわ寄せを、個人の努力と精神論で何とか支えてきた部分も多分にあっただろう。 

空間の不満から見える「導線」への切実な願い 

もう一つの課題は、物理的な環境である。調査では多くの日本人が「キッチンにおける収納やスペースの不足」に不満を抱いていることがわかった。世界的にも、より充実した収納や広い作業スペース、スムーズな動線を備えたキッチンを求める声が高まっている中、日本では特にキッチンに「ものが多すぎる」と回答した人(日本19%、世界平均14%)の割合が高く、整理整頓に対する不満も多い傾向がある。 

それに関連して重要なのが、日本では諸外国に比べ、キッチンのテーブルではなく、リビングルームのテーブルで食事をする層が44%とかなり多いことだ。世界ではキッチンのテーブルで食べる人が44%と最も多く、食事空間の中心が異なっている。 

これは、最近の日本の住宅が、LDKがつながった間取りが主流になっていることもあるだろう。それを踏まえた上で裏を返せば、「キッチンはあくまで作業場であり、リラックスする場所とは切り離されている」という意識の表れも見てとれる。 

今、人々がキッチンに求めているのは、単なる広いスペースではなく、リビングダイニングとつながる空間の中で、いかにスムーズな動線を確保し、ストレスなく調理から片付けまでを流せるかという機能性だ。流れるような導線は、暮らしの中の精神的なゆとり(ウェルネス)に直結する。 

AIが踏み込めない「温もり」の領域 

テクノロジーの進化が凄まじい現代において、もう一つ無視できないデータがある。10年後の食生活についてのイメージ調査の結果だ。将来的にさまざまな分野でAIが活用される可能性が指摘される中でも、「キッチンのすべてをAIに任せる時代になるだろう」と考える人は、日本で6%、世界でも8%にとどまり、いずれも全体の1割未満だった。 

確かに“食事”とは、単なる栄養補給のプロセスではなく、食べる人を想い、食材の手触りを感じ、香りを楽しむという、極めてプリミティブな感覚を伴うもの。 

生成AIがレシピを生成し、オーブンが火加減を自動調整するような調理スタイルはすでに現実になっているわけだが、料理やキッチン周りは人の手や感覚、家庭ごとの習慣や温かみが重視される領域でもあり、AIが完全に取って代わるイメージはまだ浸透していないことがうかがえる。 

AIに賢く頼りながら、楽しく作る。これからの「食」のバランス 

私たちが求める未来は、AIにすべてを明け渡す“全自動の食卓”ではない。どちらかといえば、人間が最もクリエイティブで情緒的な部分に集中できるよう、面倒なプロセスを“賢くAIに肩代わりさせる”バランスではないだろうか。 

例えば、冷蔵庫の中の食材管理。不足している食材の買い出しや、冷蔵庫の余り物から最適な栄養バランスを導き出す計算、あるいは複雑な後片付けのフローを最適化すること。そうした作業をAIや最新のスマート家電に任せることで、私たちは、料理の本来の楽しさである“食材を愛でる時間”や“家族と語らう楽しい食卓”を手に入れられる。 

料理を“負担の多い家事”から“ウェルビーイングを向上させる趣味”へと昇華させること。そのためには、自分を縛り付けてきた“理想の家庭料理像”を一度リセットし、テクノロジーの恩恵を遠慮なく享受していこう。 

AIが進化すればするほど、相対的に“人の手による温かみ”の価値は高まっていく。未来のキッチンは、最先端の技術と、変わることのない人間らしさが共存する場所になるだろう。 

  • オーディオ&サブカルライター

    杉浦みな子

    1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学時は映画研究会で映像制作に勤しみつつ、文芸評論家・福田和也教授に師事。2010年よりAV・家電メディアの編集/記者/ライターとして13年間従事し、音楽とコンシューマーエレクトロニクス系の分野を担当。2023年独立。音楽・オーディオ・家電から、歴史・カルチャーまで幅広いテーマで執筆中。実績はこちらから→https://sugiuraminako.edire.co/

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