「住まいの詩学」―第7回:音楽とインテリア〜目に見えない響きが空間を揺さぶる〜

一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト/町田瑞穂ドロテア 取材/杉浦みな子

インテリアコーディネーターの町田瑞穂ドロテアさんが、美しい住まいのあり方を多角的な視点でひもとく連載「住まいの詩学」。第7回のテーマは「音楽とインテリア」です。色や素材、照明、そして前回の「香り」に続き、今回は目に見えないもうひとつの要素「音・音楽」に着目します。空間の印象以上に、そこに住まう人の感情を揺さぶる、音とインテリアの深い響き合いについて伺いました。

町田瑞穂ドロテア
 
一級建築士
統括デザイナー
ストレスアナリスト

スイス生まれ。
武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)
日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。
2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designにて、インテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。

青山スタイル

インテリアは背景、そこに自由に重ねられるのが音楽 

光や香りと同じように、音もまた私たちの感情や意識を大きく動かす存在です。目に見える家具や仕上材が空間のベースをかたちづくるのに対し、そこに満ちる音は空間の印象やそこで過ごす体験を一瞬で変えてしまう力を持っています。 

瑞穂さんはまず、空間に存在する音を「受動的な音(環境音)」と「能動的な音(音楽)」のふたつに分けてとらえます。 

「空間に聴こえてくる雨の音や風の揺らぎ、鳥のさえずりといった環境音は、私たちにとっては暮らしていて自然にもたらされる受動的な音です。いわば、外の世界や自然の営みを伝えてくれる響きですね。 

現代の都市住宅は気密性が高く、ゆったりした静寂な空間が叶いますが、人によってはあまりに静かだと無機質な孤独感を覚えてしまうこともあるでしょう。そんな風に、環境音は人の感情や居心地を左右します。 

一方で、そこで鳴らす音楽は『仕事をしたい』『リラックスしたい』といった自身の気持ちや意図に合わせて、能動的に選べるもの。インテリア目線では、空間での行為や過ごし方と密接に連動して、自分の意思で自由に鳴らせる要素ですね」(以下、太字カッコ内の言葉は瑞穂さん) 

穏やかな音楽を鳴らしてリラックスしたり、アップテンポの楽曲でテンションを高めたり。音楽は空間の過ごし方と感情を高められるギミックなのです。 

「インテリアをコーディネートすることとは、そこで人がどう過ごしたいかという願いを叶えるための“背景”を作ることだと考えています。商業施設であれば高揚感を演出する仕掛けを施し、住宅であれば住まい手が深く安らげる静けさを整える。その完成した背景の上に、住まい手が能動的に重ね合わせることができる領域のひとつが、“音楽”。暮らしの中で、特に感情を大きく揺さぶる要素ですね」 

アーチ型のフロアランプと曲線的なチェアを配置した、柔らかな光が差し込むベージュのリビング
Image:Followtheflow /Shutterstock.com
柔らかな光と曲線的な家具が生み出す穏やかな住空間。インテリアを背景に、その日の気分や感情に合わせて音楽を重ねていく

音楽とインテリアが響き合い生まれる“余白”の美学 

インテリア目線で空間の印象を短時間でドラマチックに変える要素は、「光」「香り」「音楽」の3つであると瑞穂さんは強調します。 

「これらは空間に感情の“味付け”をするための三要素です。明暗のグラデーションにどんな香りを纏わせ、どんな音を流すか。この掛け合わせによって、空間の奥行きは何倍にも広がります。先ほどもお話した通り、その中でも音楽は特に人の感情を動かすものです。 

たとえば自宅に人をお招きするとき。ホームパーティで友人をドラマチックに迎えたいのか、昔馴染みと静かに落ち着いた会話を楽しみたいのか。流す音楽ひとつで、その場所の空気感や集う人の感じ方を自在に演出することができますよね」 

木目の壁面と間接照明、グレーのソファやデザインチェアを配置したモダンなリビング
Image:Cgi_vector /Shutterstock.com
木の質感や照明、家具の配置が空間の雰囲気を形づくる。そこにどんな音楽を重ねるかによって、くつろぎの時間の印象も変わっていく

さらに瑞穂さんは、「音楽の聴き方には正解がありません。大切なのは、音楽と連動する多様な感情を空間の中でどう受け止めるかということ」と語ります。 

「気分を上げたいときにアップテンポな曲をかけながら、窓を大きく開けて光を取り入れる。一方で、悲しいときにしんみりした曲をかけながら、照明を落としてゆったりと浸る。そこに住まう人が選んだ音楽の響きに、連動できる“余白”のある住まいを作ることこそ、柔軟で豊かな暮らしのインテリアなのではないかと思います」

この“余白”というキーワードは、音楽にも共通しています。そう、音を鳴らさない時間――つまり“静寂”です。 

「インテリアにおいて、家具を隙間なく詰めるより余白があることで主役が際立つのと同じように、音も余白、つまり静けさが大事です。近年注目されている神経美学の分野でも、音刺激が脳や神経系に与える影響は非常に大きいとされています。ずっと音が鳴り続けている状態よりも、静寂の時間があることで暮らしに心地よいメリハリが生まれます。 

心が少し不安定だと感じるときは、部屋を静かにし、ひとつの音や静寂そのものに意識を向けてみる。音と静寂をコントロールすることは、自分の感情や自律神経を整えるセルフケアにもなるのでしょう」 

テーブルランプの柔らかな明かりが丸い木製テーブルを照らす、本棚のある落ち着いた室内
Image:BongkarnGraphic /Shutterstock.com
音を流さない時間にも、光や家具が空間の表情をつくる。静寂を心地よく味わうことも、音楽のある暮らしの大切な要素となる

さらに、音楽はアートの側面も持っていて、絵画や彫刻と同じように、そこに住まう人の個性や美意識を表現することもあります。瑞穂さんは、以前に立ち寄った老舗の蕎麦店でジャズが流れているのを聴き、その意外性が作り出す空間に強く惹かれたと言います。 

「『店主のこだわりや美学がここにあるんだな』と、空間の表情が一気に立体的に見えてきました。ただのお蕎麦屋さんというだけでなく、ジャズの響きによってそのお店に趣が感じられたのです。 

このように、インテリアのトーンにすべてを完璧に合わせ込む必要はなく、あえて空間と音楽の心地よいギャップを生むことで、そこにいる人のストーリーや個性を浮かび上がらせる演出もあります。例えば現代的なおしゃれなカフェで、あえて80年代の古い音楽が流れているようなギャップも面白いですよね」 

響きを含めてデザインする。インテリアの中にある音楽 

インテリアコーディネーターとして空間を作り上げる際、瑞穂さんは“音の響き”に関してテクニカルな計算を行います。 

「音の響き方は、空間に使われている素材に大きく左右されます。例えば、大理石やガラスといった硬くて平滑な素材ばかりの空間では、音が反響しすぎて心地よく聴こえないことがあります。 

音響にこだわりがあり、オーディオ機器をお持ちのお客様のお宅では、こういった音の反響をコントロールしたいご要望を踏まえた上で、インテリア素材を工夫します。スピーカーの周囲に葉の多い観葉植物を配置したり、ファブリックや吸音性のある素材を巧みに取り入れたりといったことですね。観葉植物は見た目の潤いだけでなく、すぐれた吸音・調音の役割も果たしてくれます」 

木製の縦格子壁面に大型テレビとサウンドバーを設置し、フロア型スピーカーを配置したリビング
Image:pozitivo /Shutterstock.com
オーディオ機器の存在感をインテリアにどう調和させるか。音響性能と見た目の美しさを両立させることが、上質なリビングづくりのポイントとなる

また、音響機器を取り入れる際に避けられないのが「配線」と「排熱」の問題。「見た目の美しさと音響機器のパフォーマンスを両立させることは重要なポイント」と瑞穂さんは語ります。 

「アンプを設置するオーディオラックなどは、既製品ですとサイズがほぼ決まっていますが、普段生活するリビングに置くテレビボードや収納家具などは、空間に合わせてオリジナルでデザインさせていただくこともあります。家具の内部に配線ルートを仕込み、排熱のための開口や背板の調整を行うことで、インテリアの中で視覚的なノイズとなるケーブル類を見えなくすることができます。 

一方で、Bang & Olufsenのようなデザイン性のある製品を選んで、音響機器そのものを空間の中の洗練されたオブジェとして際立たせるパターンもありますね。お客様の好みに合わせながら、視覚と聴覚のバランスを整えることが大切です」 

これから「音楽のある暮らし」を始める人へ 

最後に、「住まいの中の音楽体験」のあり方について瑞穂さんに伺いました。 

「私は、クラシックのコンサートなどで演奏が始まる直前、オーケストラが楽器を調律しているときのザワザワとした空気感がとても好きなんです。これから何かが始まるという予感、そしてその場でしか味わえない偶発的な音の響きに心がワクワクして。住まいにおける音楽体験も、そうした偶発的な感情の動きを育むものであってほしいですね」 

AIやテクノロジーが進化し、スマートホームが普及する現代だからこそ、人間の“情緒”に働きかける設計の重要性が増していると瑞穂さんは語ります。 

「五感を通して感じる心地よさや、音楽によって呼び覚まされる豊かな情緒は、AIでは決して代替できない人間ならではの領域です。だからこそ、これからの住まいづくりには、単なる機能性や見た目の美しさを超えた“情緒設計”が求められます。その中でも、音楽は人の心地よさを左右する大きな要素となるでしょう。 

プロが整えたインテリアという背景の上に、今日はどんな音楽を重ね、どんな感情と向き合うか。その小さな選択の積み重ねが、日々の暮らしをより愛おしく、深いものへと育ててくれるはずです」

  • 一級建築士・統括デザイナー・ストレスアナリスト

    町田瑞穂ドロテア

    スイス生まれ。武蔵工業大学工学部建築学科卒業(現:東京都市大学)。日本の住宅メーカーをはじめ、米国の設計事務所RTKL International ltd.にて勤務。 2000年の帰国後より、町田ひろ子アカデミーにて教育・商品企画・インテリアデザインなどに関わる。英国ロンドンにあるKLC School of Designにて、インテリアデザインとインテリアデコレーションのディプロマ(資格)を取得。海外の経験を活かし、日本の住空間にあったデザイン&コーディネートを独自の視点でデザイン提案。現在は、nat株式会社にてCDO(最高デザイン責任者)として、空間設計事業及びインテリアデザインブランド「青山スタイル」を統括し、提供している。

  • 取材

    杉浦 みな子

    1983年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。在学時は映画研究会で映像制作に勤しみつつ、文芸評論家・福田和也教授に師事。2010年よりAV・家電メディアの編集/記者/ライターとして13年間従事し、音楽とコンシューマーエレクトロニクス系の分野を担当。2023年独立。音楽・オーディオ・家電から、歴史・カルチャーまで幅広いテーマで執筆中。実績はこちらから→https://foriio.com/minako-sugiura

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