NOT A HOTELのスマートホームと開発ラボの舞台裏。スイッチのない滞在体験はどうつくられるのか?
取材/LWL online編集部
建築家やクリエイターが手がける個性際立つ建築、全国の拠点を行き来できる相互利用、そしてアプリを軸にした独自の滞在体験…。NOT A HOTELにはLWL onlineの視点から注目したい要素が数多くある。NOT A HOTELは年間10泊から別荘を所有でき、オーナーになると全国のNOT A HOTELを相互利用できる仕組みを提供している。予約やチェックイン、チェックアウトなどもオーナーアプリに集約されている。

Photo: Kenta Hasegawa
なかでもその空間を支えるスマートホームシステムに注目したい。
NOT A HOTELの滞在を支えているのが、iPadの「Home Controller」を中核とした独自のスマートホームシステムだ。照明、空調、カーテン、AVなどを統合し、壁スイッチを極力なくしながら、センサーと自動制御によって「操作そのもの」を減らしていく。今回はNOT A HOTELの開発ラボを訪ね、ソフトウェアエンジニアの今井晨介氏とテクニカルディレクターの武田誠也氏に、スイッチレスを支える設計思想、システム統合、信頼性、検証プロセス、そして今後の滞在体験について聞いた。

アイキャッチ写真:Photo by Ichi Nakamura
なぜNOT A HOTELは「スイッチレス」なのか? iPadに統一した操作体験
そもそもNOT A HOTELはなぜ「スイッチレス」を採用しているのだろうか?
その理由のひとつに、建築のスケールの大きさがある。一棟が大きく、当然、照明や設備の数も多くなる。そのため、壁面にスイッチを並べれば、「どのスイッチが何を動かすのか」「そもそもスイッチがどこにあるのか」がわかりにくくなる。
さらにNOT A HOTELには相互利用がある。オーナーが普段とは異なる拠点を訪れたとき、建築や設備構成が違うたびに操作方法まで覚え直すのでは、体験として美しくない。
そこで基本的な操作をiPadへ集約し、どの拠点でも共通したUIで使えるようにした。そのことによって、どの拠点でも同じようなUXを提供しているのだ。

「どこの拠点に行っても同じ感覚で、すぐに誰でも使える」ことを目指し、iPadの画面も機能をむやみに増やすのではなく、むしろ必要なものを絞り込んでいるという。寝室などではさらにシンプルな表示として、空調の温度調整なども階層を深く辿らず、トップ画面から操作できるようにしている。
スイッチをなくして、すべての操作をiPadに押し込んだわけではないのだ。
人感センサーによって照明を自動で点灯させるなど、そもそも操作する必要がないものは自動化する。洗面室では例外的に、鏡の一部をインターフェースとして、化粧などに適した明るさへ切り替えられる仕組みも用意した。物理スイッチを増やすのではなく、必要な場所にだけ、意匠を損なわないインターフェースを残している。
NOT A HOTELの「スイッチレス」とは、スイッチをタッチパネルへ置き換える思想とは異なる。人が操作すべきものと、建物側が自動で判断すべきものを整理し直しているのである。


照明・空調・カーテン・AVまで。「Home Controller」が統合するもの
「おはよう」「おやすみ」だけではないシーン制御
Home Controllerからは照明、空調、カーテンをはじめ、拠点によってテレビ、ホームシアターなどさまざまな設備を操作できる。NOT A HOTEL自身も、Home Controllerを「滞在中のあらゆる操作を一台で完結」させるためのインターフェースとして位置づけている。
とりわけ「シーン」による制御を採り入れている点に注目したい。
ゲスト向けには「おはよう」「おやすみ」などが用意され、「おはよう」でカーテンが開き、「おやすみ」で照明が消え、カーテンが閉じるといった複数設備の連動を一度に実行できる。
このシーン制御は、ゲストが触れる場面だけに使われているわけではない。
チェックアウト後、清掃終了後、チェックイン時など運営側の状態にもそれぞれ制御が用意されている。例えばゲストがいない時間帯は日射を抑えるためにカーテンを閉じ、空調負荷を抑制する。一方、ゲストがチェックインするタイミングでは照明や空調、カーテンを連動させ、到着した瞬間から空間が整っている状態をつくる。
日の出・日没に合わせて変化する光環境
照明制御はさらに緻密になる。
NOT A HOTELではDALIなどを活用し、多数の照明を個別に制御する。時間帯に合わせて照度を変化させるほか、拠点の緯度・経度から日の出や日没を計算し、日没に合わせて照明がゆっくり立ち上がるような演出も行っている。浴室やトイレも昼と夜で明るさを変え、夜間に過剰な光を浴びないように細かく設計されている。
LWL onlineの視点から見れば、これまで取り上げてきたサーカディアンライティングにも通じる考え方だ。照明単体ではなく、建築の開口、自然光、時間、滞在行動まで含めた「光環境」として制御されている。

AVも同様だ。プロジェクターを選択すればスクリーンが下り、プロジェクターが起動し、適切な映像ソースへ切り替わる。AVは機器によってIP、赤外線など制御方法が異なるため、その裏側には複数の通信方式を吸収する仕組みが存在する。
ゲストから見えるのは「プロジェクターを使う」という一つの操作だけだが、その裏側ではスクリーン、映像機器、AVアンプ、ネットワークなどが連携して動いている。武田氏が取材中に表現した「ピタゴラスイッチ的な積み重ね」という言葉は、その複雑さをよく表している。

KNXだけに統一しない。「体験」から逆算するスマートホーム設計
KNX、DALI、接点制御を適材適所で使い分ける
では、これほど多様な設備をNOT A HOTELはどのように統合しているのだろうか?
特定のスマートホーム規格やプロトコルを絶対視していないことが特徴である。初期はKNXを中心としていたが、実際に拠点を運用していく過程で、設備や建物によって必ずしも同じ方式が最適ではないことがわかってきたという。
そこで現在は、KNXを使うべき領域、直接DALIを制御する方がよい領域、接点制御の方が信頼性を担保しやすい領域などを区分して、適材適所で組み合わせている。今井氏によれば、判断材料になるのは機能だけではない。コミッショニングにかかるコスト、障害時の復旧速度、保守性、製品のライフサイクルなどを含めて総合的に考える。
今井氏自身も公式noteで、運用を重ねたことで「KNXを使うべき箇所」と別方式を採用すべき箇所が見えてきたと説明している。現在の制御盤では、機器の特性に応じて通信制御と接点制御を使い分け、DALIについてもより直接的な制御へ踏み込んでいる。
これは住宅設備の統合を考えるうえで重要な視点である。
「何の規格を採用しているか」からスマートホームを考えるのではなく、実現したい体験に対して、何を使うのが最適かを考える。そして、その思想は信頼性にも及ぶ。

NOT A HOTELでは、ハードウェアは壊れる可能性があることを前提として、重要なシステムは冗長化している。同等のシステムを並列で持ち、問題が起きればバックアップ側へ切り替えられる構成を採用し、通信回線についても複数の経路を確保している。Starlinkをバックアップに使う拠点もあるという。
「異常をいかに早く検知し、復旧するか」を重視する。ネットワーク上から機器が消えた、テレビとの通信が切れた、といった状態を監視し、何か起こればエンジニアが遠隔から現地運営スタッフと連携して復旧する体制を構築している。
建物の裏側ではBMS(Building Management System)も独自に構築され、設備の警報や状態を監視している。将来的には、長期データを利用したAIによる予兆検知の活用も視野に入れているという。

実物を動かして確かめる。NOT A HOTEL開発ラボの役割
ラボ、現場、運用、そして再び設計へ。
こうしたシステムを支えている場所が、今回訪れたNOT A HOTELの開発ラボである。
一見すると、整然と完成したショールームとはまるで違う。床下へ配線できるよう床が上げられ、LANケーブルが走り、テーブルや壁には工具や資料、センサーやキーパッドなどのサンプルが置かれ、センサー、スイッチ、制御機器などが随所に取り付けられる。
完成されたショールームとは対照的に、試作と検証の痕跡が随所に見える。だが、それこそがラボの役割である。
ラボ内には実際の拠点で使用するものと同種の設備を持ち込み、ひとつの「滞在空間」に近い状態をつくる。照明制御では4×16、計64灯のライトを使い、DALI制御時にすべての照明が狙ったタイミングで滑らかに変化するかまでが確認できるようになっている。

また、人感センサーやKNXのスイッチなども随時取り付け、実際に触りながら使い勝手を検証することができる。
照明器具がどこまで暗く調光できるかも実機で確認することができ、必要なら暗幕を張り、照明デザイナーや建築側のスタッフ、社内の意思決定者も一緒になって光を確認し、採用する照明器具を決める。
話をうかがっていると、ラボはソフトウェアエンジニアの開発室というよりも、建築、設備、照明、ネットワーク、ソフトウェアを、実際の空間体験として接続する場所として位置付けられている。

さらに、ラボで成功したから終わりでもない。
実際の建築現場では、図面通りにいかない配線や機器固有の挙動など、予期できない問題が必ず発生する。公式noteでは、ホームシアター開発でも、検証環境では正常だった機器が現場で動かず、原因を切り分けながらその場で制御方法を変更していることが紹介されていた。
警報設備の検証も同様である。取材では、火災報知、設備故障、停電、非常用発電機などについて、実際に信号を発生させ、正しく通知されるか一つひとつ確認しているという話も聞いたが、場合によっては、安全な手順のもとで実際にブレーカーを落とす実地試験を行い、非常用発電機が正しく起動するか、その状態を遠隔監視から把握できるかまで確認するという。
整理すると、ラボで試し、現場で動かし、運用で問題を見つけ、そして再び設計へ戻すという循環によって、NOT A HOTELのスマートコントロールは、更新され続けているのだ。

目指すのは「スマートホーム」ではなく、滞在体験そのもの
取材の後半、今井氏と武田氏の話はスマートホームという枠から少しずつ外へ広がっていった。
現在のチームは、単に住宅設備をオートメーションする組織ではない。もっと大きな意味で「滞在体験を素晴らしいものにする」ことをミッションとしている。
その対象は室内の照明や空調だけではなく、演出照明・映像、セキュリティ、建物の監視、さらには滞在に付随するさまざまなサービスへと広がっていく可能性があるという。映像や光による演出はすでにテストも進めているそうで、「滞在体験を素晴らしいものにする」ためにこうした対象領域はさらに広がりそうだ。
今井氏によると、スマートホーム業界のトレンドワードからシステムを組み立てたのではなく、「体験としてあるべき姿」を話し合い、それを実現しようとしてきた結果が現在のNOT A HOTELなのだという。
こうしたNOT A HOTELの考え方は、LWL onlineが考えるスマートホームの方向性や、LWL onlineがこれまで追ってきた、テクノロジーを空間の背景へと溶け込ませる「Invisible Technology」という世界的な潮流とも重なる。
建築、照明、空調、AV、ネットワーク、ソフトウェア、そして運用までをひとつの体験として設計し、その複雑な技術を利用者から可能な限り意識させなくする。
NOT A HOTELのスイッチレスな空間を支えているのは、iPadという一枚のインターフェースだけではない。その背後には膨大な設備、コード、配線、監視、冗長化、そして実物を何度も動かし続けるエンジニアリングが存在している。
テクノロジーを見せるのではなく、テクノロジーによって建築と滞在の質を高める。
NOT A HOTELの開発ラボで見えてきたのは、日本におけるスマートホームの先進的な実践例のひとつであると同時に、その先にある「建築とソフトウェアが一体化した暮らし」の姿だった。
NOT A HOTEL公式サイト
NOT A HOTEL公式note「SMART HOME」マガジン
アイキャッチ以外の写真:撮影 井上良一
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