【AIスマートホーム/ホームオートメーション特集】ホームシアターから考える体験価値と光制御の統合

 取材/LWL online編集部

テーブルに置かれたタッチパネルをサッとなでると、照明が徐々に落ちてきて、遮光カーテンが閉まり、不要な光が退くと、スクリーンが降りてきて、プロジェクターが灯り、裂帛のサウンドが響きわたる。こうしたホームシアターでのコントロールが建築統合型スマートホームの源流であることを、当サイトでは何度も伝えてきた。

複数の機器をワンタッチでコントロールする簡便性もさることながら、それ以上に最大の目的としては、複数の機器が連携することによって、空間が表情を変え、劇場が眼前に現れるという、一連の流れが生み出す「体験価値」である。体験価値をつくりだす、高付加価値の統合制御という文脈において、ホームシアターはスマートホームの思想を早くから体現してきた空間だったと言ってよい。

だが、その統合制御の世界にも、最後までどこか旧来型のまま残りやすい領域があった。スクリーンである。映像や音響や照明の制御が洗練されても、スクリーンだけは壁スイッチや接点制御の文脈に留まりやすかった。

オーエスの電動スクリーン「EZ」シリーズの登場によって、その最後の未統合領域がようやくネットワークの側へ入ってきた。そしてこの変化は、映写用スクリーンだけの話では終わらない。窓廻りの未来を考えるうえでもきわめて示唆的である。EZはイーサネット対応の多機能スクリーンとして、WEBブラウザ機能と通信コマンド機能を切り替えて使えるよう設計されている。

関連記事
サーカディアンライティング。住まいが時間を設計するとき
良質な夜を連れてくる家。蛍光灯中心主義を超えて
サーカディアンライティングは窓で決まる

ホームシアターは体験価値を統合制御するための空間

前回の記事で論じたように、サーカディアンライティングを成立させるには、照明器具の調光調色だけでは足りない。朝の光をどう迎え、昼の眩しさをどう抑え、夕刻に減衰する自然光をどう人工光へ接続し、夜の良質な闇をどう連れてくるのか。その全体を滑らかに整えることが必要だった。ここで改めて振り返るべきなのがホームシアターである。

ホームシアターは便利さのために発達した空間ではない。そこで長く問われてきたのは、いかにして体験価値を創造し、その体験価値を破綻なく成立させるかだった。映画が始まる直前に照明が落ち、スクリーンが静かに降り、外光が遮られ、音と映像がそろって立ち上がる。この一連の同期が崩れれば、没入体験はたちまち壊れる。ホームシアターは、早い段階から個別機器の集合ではなく、環境そのものを制御する思想を必要としてきた。

光の制御をウェルネスへ接続する鍵もまさにここにある。ホームシアターでは、同期した設備が人を没入体験へと導いていく。これを住まい全体に置き換えれば、同期した設備は人を回復へ導く。帰宅後、照明だけでなく窓廻りや外光の処理まで含めて空間が整うとき、人は「操作している」という意識より先に、身体の緊張が静かにほどけていく。光の制御が目指すべき体験価値とは派手な演出ではなく、身体をかまえた状態から、緊張をやわらげ、回復へと向かう状態に移行することである。

最後まで取り残されやすかったのがスクリーンだった

しかし、ホームシアターという統合制御の先端領域にあっても、スクリーンは長くどこか特異な存在だった。映像機器やオーディオ機器、照明制御、キーパッド、タッチパネルの側ではネットワーク化やシーン統合が進んでも、スクリーンだけは壁スイッチや接点制御の文脈に留まりやすかった。システム全体がネットワークの文法へ移っていくなかで、スクリーンだけが別系統の制御として残っていたのである。

スクリーンはホームシアターの一部であると同時に、窓廻り=ウィンドウトリートメントに最も近い挙動を持つ設備でもある。巻き上げ、巻き下げ、停止位置、他設備との同期。そう考えれば、スクリーンの進化は映像用機器の話にとどまらない。むしろ、電動ウィンドウトリートメントの未来を先取りしていると見るべきだろう。

オーエスの映写式スクリーン「EZ」。リレー制御が一般的だった電動スクリーンの世界に初めてIP制御を持ち込んだ

オーエス「EZ」はスクリーンをネットワーク機器へ変える

その意味でオーエス「EZ」の登場は画期的だ。
EZは機構・制御系を刷新したイーサネット対応の多機能スクリーンとして設計されており、WEBブラウザ機能と通信コマンド機能を切り替えて使える。PCやタブレットから昇降操作、位置や動作回数などの状態確認、各種設定を行え、LANケーブル1本で接続したうえでTCP/IPプロトコル経由のコマンドによる遠隔操作にも対応する。さらにログ記録機能も備え、トラブル時の状況確認や要因分析を容易にしている。
EZの登場によってスクリーンは他のAV機器との連携や、建物全体のシステムとしての集中管理が可能になる。

スクリーンは「動く装置」から「監視・制御可能なネットワーク機器」へ変わったわけだ。従来の壁スイッチ中心の運用から、プロジェクターやマトリクススイッチャーなど他のAV機器と同じ文法で扱える領域へ踏み出したのだ。

スクリーンでできるなら、シェードでもできるはず

ここで、議論は窓廻り、すなわちウィンドウトリートメントへと帰還する。
前回の記事で述べたように、サーカディアンライティングを完成させるには、ウィンドウトリートメントを設備として扱わなければならない。自然光の取り込み、眩しさの抑制、夕刻の余韻の保存、夜間の反射や視線の制御。これらはすべて、窓廻りがどの水準で統合制御に入っているかによって決まってくる。

LutronはHomeWorksを、照明だけでなく電動ウィンドウトリートメントや空調まで含む高級住宅向けの統合制御システムとして位置づけ、シェードは光制御システムの不可欠な一部だとされている。また、Sivoia QSでは Intelligent Hembar Alignment により、複数のシェードが高精度にそろって動き、停止位置でもそろい続けることが仕様として示されている。

Hunter Douglasも、PowerView Gen 3でGateway ProにEthernet/PoEを持たせ、上位レイヤーでは明確にIP側へ踏み出している。もっとも、シェードの側まで完全にIPネイティブというわけではなく、末端側はBluetooth Low Energyを使う設計である。
いずれにしても、海外の先行メーカーでは統合レイヤーのIP化はかなり進んでいるが、それでも窓廻り市場全体で見れば、ネットワーク制御へ十分に移行した製品はまだ少ない。ウィンドウトリートメントは、いまなお残る数少ない「ネットワーク化が遅い領域」の一つなのである。

そして、ここで改めてお伝えしたい。
電動ウィンドウトリートメントと電動スクリーンの機構は、基本的にはきわめて近い。巻き取り、停止位置の制御、複数台の同期、他設備との連携。スクリーンでできるなら、シェードでもできるはずだ。いや、より正確に言えば、これからのシェードやロールスクリーンは、スクリーンと同じ水準で、統合制御の文法へ入るべきである。

どこかのシェードメーカーやブラインドメーカーが、この「EZ」の仕組みをそのまま買えばいいのに、とさえ思う。
スクリーンをロールアップ/ロールダウンする技術は、動作として見ればシェードやロールスクリーンときわめて近い。そこにネットワーク制御と監視の思想を移植するだけで、スマートホームが生み出す体験価値は一変するはずだ。

想像してほしい。複数並んだシェードが、寸分違わぬ速度で静かに降り、同じ高さでぴたりと止まる場面を。建築に秩序が戻る瞬間であり、体験価値が立ち上がる瞬間である。

現時点で、この水準を住宅システムとして明確に実装している代表例は、LutronのHomeWorks/Sivoia系のように、自社の統合制御思想の中にシェードを深く織り込んでいるプレイヤーに限られる。HOMMAもまた、照明や空調、センサーと並ぶ制御対象としてウィンドーシェードを住まいの側へ統合する思想を示している。
両者に共通するのは、シェードを後付けの付属物ではなく、システムに寄り添わせるべき建築設備として扱っていることだ。Lutronは公式に照明・シェード・空調の統合を掲げ、HOMMAも照明や空調などのハードウェアと制御ソフトを設計段階から垂直統合する考え方を示している。

没入のための同期は回復のための同期へと拡張される

ここでホームシアターは初めてウェルネスへ接続される。映画を見る空間では、設備の同期が人を没入へ導く。住まい全体では、設備の同期は人を緊張と疲労から回復へと導くべきである。

たとえば夕刻。外光がゆっくりと減衰していく時間帯に、ウィンドウトリートメントと照明が無秩序に振る舞った状態では、身体はいつまでも日中の緊張を引きずる。だが、窓面の処理と人工光の立ち上がりが滑らかに連動すれば、空間は「活動の場」から「回復の場」へと、自然にモードを切り替えていける。

住まい手がアプリを開いて一つひとつの機器を操作するようなシステムでは、体験価値の向上にはつながりにくい。必要なのは、設備の側が静かに揃って動くことだ。ホームシアターで言えば、照明、音、映像、スクリーン、遮光がそろって動くこと。住まいで言えば、ウィンドウトリートメント、自然光、照明、空調、場合によってはAVやセンサーまでが揃って動くこと。その同期こそが上質な体験の条件である。

ホームシアターは、少なくとも高付加価値の統合制御という文脈では、体験価値を守るための同期と秩序を早くから必要としてきた。その最後の未統合領域の一つだったスクリーンが、オーエス「EZ」によってネットワーク機器へと踏み出したことの意味は小さくない。そしてその変化は、窓廻りの未来にもそのまま跳ね返ってくる。スクリーンでできるなら、シェードでもできるはずである。ホームシアターで没入のために磨かれてきた統合制御は、これからは回復のための光環境へと拡張されるべきだ。

だが、ここでさらに問うべきことがある。スクリーンがネットワーク機器となり、シェードなどのウィンドウトリートメントもまた統合制御の体系へ入るべきだとして、その秩序を実際に支えているのは何か。体験価値を壊さない家は、どのような制御層とプロトコルによって成り立っているのか。
次回は、その下層構造へ降りていきたい。

関連記事
サーカディアンライティング。住まいが時間を設計するとき
良質な夜を連れてくる家。蛍光灯中心主義を超えて
サーカディアンライティングは窓で決まる

  • 取材

    LWL online 編集部

Related articles 関連する記事

  1. home Home
  2. FEATURE
  3. 【AIスマートホーム/ホームオートメーション特集】ホームシアターから考える体験価値と光制御の統合