AIスマートホーム時代、住まいは「記憶するメディア」になるのか。ICCアニュアル2026が問う感覚と歴史

 取材/LWL online編集部

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]にて、「ICCアニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」が開催される。会期は2026年6月20日(土)から11月8日(日)まで。会場は東京・初台のICC ギャラリーB。「ICCアニュアル」はメディア・アート作品をはじめ、現代のメディア環境における多様な表現を取り上げる長期展示である。2006年度から2021年度まで開催された「オープン・スペース」展のコンセプトを引き継ぎ、2022年度から「ICCアニュアル」として展開されている。

ICCアニュアル 2026「遺す/残る/受けとめる」から考える、感覚と歴史の行方

ICCアニュアル 2026のテーマは、「遺す/残る/受けとめる」。
本展が着目するのは、歴史と技術、メディアの関係である。生成AIの発展によって、情報はかつてない速度と規模で生み出されている。また、わたしたちが日々接する情報はアルゴリズムによって選ばれ、再構成されている。まさに「いま」という時代は、何が記録され、何が共有され、何が「歴史」として残るのかという、枠組みそのものが大きく変わりつつある。ICCアニュアル 2026はそうした時代における「遺す/残す」という行為自体を改めて問い直す展覧会である。

出品作家には、ウー・チーユー、キム・ヨンウン、小林椋、SUGAI KEN、すずえり+比嘉了、葉山嶺、ローサ・メンクマン、森永泰弘が名を連ねる。映像、音、記録、身体、歴史、AI、アーカイブ。多様なメディアを通じて、記憶や歴史がどのように形成され、どのように受けとめられていくのかを探る内容となる。

一見すると、この展覧会はメディア・アートの文脈にある。だが、本サイトの視点からすると、その問いは美術館の中だけに閉じていない。むしろ、AI家電やAIスマートホームが暮らしの中に入り込みつつある現在、わたしたちの住まいそのものが、記録し、記憶を再構成するメディアになり始めている。
その意味で本展示会は、AIスマートホーム時代、AI家電時代に大きな示唆を与える展覧会として捉えることができる。

AI家電とAIスマートホームは暮らしを記録する

生成AIが画像を生み、アルゴリズムが情報を選別する時代に、わたしたちは何を「記憶」として受けとめているのだろうか。

スマートホームやAI家電の進化はしばしば利便性や効率の観点から語られる。照明は生活リズムに合わせて変化し、空調は室温や外気、場合によっては人の体調を推測しながら制御される。ロボット掃除機は住まいの間取りを把握し、カメラやセンサーは人の動きや気配を認識する。家は人に先回りして環境を整える設えへと変わりつつある。

しかし、AIが暮らしを最適化するためには、暮らしを記録しなければならない。この点を見落としてはならない。住まいの中で起きる行動、明るさ、温度、湿度、音、人の移動、日々の習慣。そうした生活の痕跡がデータとして蓄積され、解析され、次の判断へとつなげられていく。

では、記録されることと、記憶されることは同じなのだろうか。

この問いを考えるうえで、ヴァルター・ベンヤミンのメディア論はいまなお示唆的である。ベンヤミンは、写真や映画といった複製技術が、芸術作品のあり方だけでなく、人間の知覚そのものを変えていくことを見抜いた。メディアは単に情報を運ぶ道具ではなく、世界の見え方、時間の感じ方、記憶の残り方を変えてしまう環境でもある。

その点、AI家電やAIスマートホームもまた新しいメディアである。

照明、空調、音響、カメラ、センサー、ロボット掃除機、スマートスピーカー、ウェアラブルデバイスが連携する住まいは単なる便利な生活環境にはとどまらない。そこでは、人の行動や気配、生活のリズムが記録され、解析され、環境制御へと変換されていく。住まいそのものが、暮らしを記録し、選別し、再構成するメディアになりつつある。

だからこそ、AI時代の住まいを考えるうえでは、記憶や歴史、そして五感に結びつくアナログな感覚をどのように扱うのかが重要になる。

過去の様式や引用元、素材の歴史、五感に結びつく体験がインテリアデザインを考えるうえで重要であることは、当サイトの町田瑞穂ドロテア氏の連載でも繰り返し提示されている。空間は単なる機能の集合ではなく、光の入り方、床の触感、布地の質感、家具が置かれてきた時間、そこに宿る記憶や文化的背景によって、わたしたちは空間を「感じている」

AI時代に問われるのはこうした感覚や歴史の厚みをいかに失わずに未来の生活環境へ接続していくかということだ。

メディアは残すだけでなく、選び、変換する

本展に出品される作品群は、メディアが単に記録するだけではなく、何かを選び、変換し、再構築し、時には排除する存在であることを浮かび上がらせる。

例えば、ウー・チーユーの「セルロイドの物語」シリーズは、初期の映画フィルムに用いられたセルロイドと、その原料である樟脳を起点に、日本統治期の台湾、森林伐採、資源採取、労働、そして現代のAIによるイメージ生成を接続する作品である。

映像メディアは、単にイメージを映し出す透明な装置ではなく、その背後には、資源、産業、労働、植民地の歴史がある。本作は、現代のAIによるイメージ生成を支える構造にも目を向ける。AIが生み出すイメージは、何もない場所から突然現れるわけではない。そこには、過去の視覚文化、データセット、権力関係、労働、インフラが折り重なっている。

ウー・チーユー《セルロイドの物語:無主地のデータ》2024年
ウー・チーユー「セルロイドの物語」シリーズの展示風景2025年

キム・ヨンウンの「未来の聴取者へ」シリーズは、蝋管録音を起点に録音メディアに内在する政治性を問い直す作品である。20世紀初頭に録音された韓国の伝統音楽やアメリカにおけるアイルランド移民の歌を手がかりにして、ノイズ除去、再録音、AIによる女性合唱への変換といった手法を用いながら、録音が声を記録すると同時に、何を排除してきたのかを浮かび上がらせる。

キム・ヨンウン《未来の聴取者へ3》2025年 © YoungEun Kim

メディアは、残すものを選び、残らないものを生み出す。AIもまた同様である。AIは大量の情報を扱うが、その過程では必ず選別、圧縮、変換、分類という「編集作業」が行われる。何を重要とみなし、何をノイズとみなすのか。その判断が暮らしの中に入り込むとき、住まいの記憶も編集を受けることになる。

AIスマートホームが家族の生活リズムを学習する。AI家電が使用履歴を読み取り、最適な動作を提案する。カメラやセンサーが住まいの状態を常時把握する。こうした技術は暮らしを快適にする一方で、生活のどの部分を「意味のあるデータ」として残すのかを決めていく。 しかし、人間にとって忘れがたい記憶は必ずしもAIにとって有用なデータとは一致しない。

音、イメージ、気配、身体、空気感。数値化されない記憶をどう受けとめるか

本サイトの視点から特に注目したいのは、音や気配、身体感覚を扱う作品群である。

SUGAI KENの新作《「…ん!?」-虚響室-》(仮題)は、ICCの無響室のために制作される作品だ。模造した家鳴り音や、特殊な設定でバイノーラル録音した無響室での足音を高精細なスピーカーで鳴らすことによって、音が展示室内で発生しているかのような錯覚を誘発し、在るはずのない誰か、あるいは何かの気配を出現させるという。

実に、住まいを考えるうえで極めて示唆的だ。
わたしたちは家を、視覚情報だけで認識しているわけではない。床のきしみ、壁の向こうの音、窓の外の気配、夜の静けさ、空調のわずかな風音。そうした微細な感覚の集合によって、空間は「自分の居場所」として立ち上がる。

SUGAI KEN

森永泰弘の新作《Auto-ethnography: HAMAKAI》も、音と記憶の関係を考えるうえで極めて重要である。アマゾンのアワ族が狩猟中に用いるボーカル・コミュニケーション「ハマカイ」をはじめ、違法な森林伐採や鉄道輸送の音など、現地でのフィールドワークに基づく音を用いた没入型サウンド・インスタレーションである。

フィールドワーク時の記録写真(2023年、ブラジル)参考図版

音は単なる情報ではない。土地の状態や生活の営み、あるいは自然環境、そして社会的な環境の変化を含む。スマートホームが高度化すれば、住宅は多くの音や振動、環境変化を検知できるようになるだろう。しかし、それを単なるセンサーデータとして扱うだけでは空間の記憶は十分に受けとめられない。

AI時代に必要なのはデータになる前の感覚、あるいはデータ化された後にもなお残る身体的な違和感や気配を、どう設計に取り込むかである。

AI時代のインテリアに必要なのは、引用元と感覚の記憶である

インテリアデザインにおいて、引用元は単なる装飾的な参照ではない。椅子のかたち、照明の位置、素材の選び方、壁面の色、窓辺の設えといったものには、過去のデザイン、建築様式、地域の文化、生活習慣の蓄積がある。

町田瑞穂ドロテア氏の連載が示すように、インテリアは視覚だけで成立するものではない。触感、音、匂い、温度、身体の動き、記憶の重なりによって、空間は初めて豊かな経験になる。AIがいかに高度になっても、こうした五感に結びついた空間経験を別のものに置き換えることはできない。

むしろ、AI時代にはそれらの価値がより強く問われる可能性が高い。

AIによる自動化が進めば、住まいはより滑らかに、よりストレスなく、人に合わせて動くようになるだろう。だが、あまりにも滑らかに最適化された環境は、ともすれば場所の記憶や素材の抵抗、時間の厚みを見えにくくしてしまう。

ベンヤミンが複製技術の時代に、芸術作品の「いま、ここ」に宿る固有性の変容を問題にしたように、わたしたちはAI時代の住まいにおける「いま、ここ」の感覚を問い直すべきである。

スマートホームは暮らしをより快適にするだろう。AI家電は家事を軽減し、生活のリズムを支えるだろう。しかし、そこにある空間がどのような歴史を持ち、どのような感覚を呼び起こし、どのような記憶を刻み、その感覚や記憶をいかに未来へ渡していくのか。その問いを失えば住まいは単なる最適化された箱になってしまう。

AI時代のラグジュアリーは記憶を消さない環境に宿る

AI家電やAIスマートホームはこれからの住まいを大きく変えていくことは間違いない。照明、空調、音響、セキュリティ、キッチン、ランドリー、ロボット掃除機、さらにはウェアラブルデバイスまでが連携すれば、家は住む人の状態を推測し、より快適な環境を先回りしてつくるようになる。

だが、その未来が本当に豊かなものになるかどうかは、自動化の精度だけで決まるものではない。

むしろ重要なのは、AIが暮らしを最適化する過程で、わたしたちの記憶や感覚を平板化してしまわないことだ。季節ごとの光の違い、家族の声、家具に残る傷、素材の経年変化、旅先で見た空間の記憶、歴史的様式や文化的引用。それらは効率だけでは測れないが、インテリアや住まいの豊かさを支える重要な要素である。

AI時代のスマートホームに求められるのは、「何もかもを自動化する家」ではなく、人間が忘れてはならない感覚を丁寧に残すための環境である。AIが照明や空調を制御するなら、その光や空気が、どのような記憶や身体感覚に接続するのかまで考える必要がある。AIが暮らしの履歴を学習するなら、そこに残るべきもの、あえて残さないもの、そして人が自分で受けとめるべきものを見極めなければならない。

ICCアニュアル 2026「遺す/残る/受けとめる」はメディア・アートを通じて、技術と記憶、歴史と感覚の関係を問い直す展覧会である。しかしその問いは、決してアートの領域だけに閉じていない。

AI家電が暮らしに入り込み、AIスマートホームが住環境そのものを制御し始める時代に、わたしたちは何を記録し、何を記憶し、何を未来へ受け渡していくのか。

その問いに向き合うことは、これからの住まい、インテリア、そしてラグジュアリーを考えるための重要な手がかりになるはずだ。

「ICCアニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」展の開催概要

  • 英文展覧会名: ICC Annual 2026: What Is Left, What Remains, and What We Take on
  • 開催期間 :2026年6月20日(土)~2026年11月8日(日)
  • 会場   :NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーB
  • 開館時間 :午前11時~午後6時(入館は閉館の30分前まで)
  • 入場料  :一般 800円(700円)、大学生600円(500円)
  •       無響室作品体験 一般・大学生 200円
  •       年間パスポート 2,000円
  • ※入場は事前予約者を優先。
  • ※( )内は15名様以上の団体料金
  • ※障害者手帳をお持ちの方および付添1名、65歳以上の方と高校生以下の方、ぐるっとパスをお持ちの方は無料
  • 休館日  :毎週月曜日、ビル保守点検日(8/2[日])
  • ※月曜日が祝日もしくは振替休日の場合、翌日を休館日とする。ただし、9/22[火・祝]は開館。
  • 休館日以外においても、開館時間の変更および臨時休館の可能性有。
  • 最新情報はICCウェブサイト(https://www.ntticc.or.jp/)などで告知。
  • 主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](NTT東日本株式会社)
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    LWL online 編集部

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