スマートホームは見えないほど美しい。Matt & Massimoが設計する、海を望むヴィラに組み込んだInvisible Technology
取材/LWL online編集部
海と深い緑を望む高台に建つ一棟のヴィラ。インフィニティプール、アウトドアリビング、屋内プール、サウナ、フィットネスジム、シアタールームまで備えた空間には、本格的なホームオートメーションが導入されている。だが、室内を歩いても「スマートホームらしいもの」はほとんど見えてこない。住人が触れるのは、BasalteとEkinexの端正なスイッチ、そしてiPhone上のBasalteアプリだけだ。その背後ではKNXを軸に、照明、空調、音楽、シェード、プール、ミストなどが静かに連携している。LWL onlineがこれまで追ってきた「建築統合型スマートホーム」と「Invisible Technology」。そのひとつの回答を、海を望む山頂のヴィラに見た。
※撮影:井上良一
海を望むヴィラで見た「見えないスマートホーム」
海と深い緑を望む高台。海の向こう側には三浦半島が広がり、遠く富士山もうっすらと見える。この絶景にそのヴィラはある。
長く水平に伸びるテラス。その先には、水面が景色へと溶け込むようなインフィニティプールがある。大きなガラス面に囲まれたリビングからは房総の自然が一幅の絵のように広がり、屋外には大人数が集えるダイニングとキッチン、屋内にはプールやスパ、ジム、シアタールームまで備える。
石、コンクリート、ガラスを中心に構成された空間には、家具や照明を含めて徹底した美意識が貫かれている。



今回LWL onlineがこの場所を訪れた目的は、その建築を紹介するためだけではない。
このヴィラには、本格的なホームオートメーションが導入されている。
ところが、室内を歩いていても「スマートホームらしいもの」はほとんど見当たらない。壁面に大型のタッチパネルが並んでいるわけでもない。各部屋にディスプレイが埋め込まれているわけでも、スマートスピーカーが存在を主張しているわけでもない。
施主が日常的に触れるインターフェースとして目に入るのは、壁面に美しく収められたBasalteとEkinexのスイッチ。そして必要に応じて使う、iPhone上のBasalteアプリだけだ。
だが、その背後では照明、空調、カーテンやシェード、音楽、プール、ミスト、屋外設備など、住宅を構成するさまざまなシステムが連携し、動作する。
たとえば、主寝室、ゲストルームでは、壁面のスイッチから照明シーンや音楽、空調を操作できる。共用スペースでは照明の多くがスケジュールによって動き、屋外にはウェザーセンサーまで設けられ、環境条件を設備制御へ取り込んでいる。
これほど高度なテクノロジーが動いているにもかかわらず、前面には出てこない。まさに、LWL onlineがこれまで繰り返し取り上げてきた「Invisible Technology」の住宅版である。

そして、この「見えないスマートホーム」を設計したのがMatt & Massimoだ。
Matt & Massimoは「スマートホームデザイナー」である
LWL onlineでは以前、Basalteをはじめとする意匠性に優れたスマートホーム向けスイッチ/キーパッドを取り扱う企業として、Matt & Massimoを紹介した。
たしかに、Basalteのスイッチは美しい。このヴィラでも、石やファブリックで構成された壁面に収まるBasalteやEkinexのスイッチは、一般的な住宅設備機器とは明らかに異なる存在感を持っている。素材感、端正なプロポーション、必要最小限の表示。インテリアや建築の一部として成立するインターフェースだからこそ、これほど完成度の高い空間にも違和感なく溶け込む。
しかし、Matt & Massimoの仕事を「美しいスイッチを輸入・販売する会社」と理解すると、その本質を見誤る。BasalteもEkinexも、彼らが設計する大きなシステムの中で、最終的に人間が触れるインターフェースにすぎない。
Matt & Massimoの増野啓太氏が手掛けているのは、住宅におけるテクノロジーを総合的に統合するスマートホームの設計である。
増野氏はかつて自身の仕事を「システムインテグレーター」と説明していたが、次第にその言葉にも違和感を持つようになったという。
一般的にシステムインテグレーターというと、すでに決められた設計に沿って、複数の設備を接続し、現場で動くよう仕上げる人物、あるいは企業を想像することだろう。
しかし、Matt & Massimoがプロジェクトへ参加するのは設備が決まった後ではない。多くの場合、建築の基本設計、時にはコンセプトデザインの段階から建築家との対話に加わり、「この住宅で住人にどのような体験を提供するのか」から考え始める。
だからLWL onlineでは、増野氏を「インテグレーター」と呼ぶよりも、「スマートホームデザイナー」と呼びたい。
建築家が空間を設計するように、建物がどのように振る舞うべきかを設計するのである。
MOVIE The Stratum — Intuitive Architecture
Invisible Technology。建築にテクノロジーを「足さない」
今回ヴィラを訪れたことにより、Matt & Massimoの仕事への理解がより深まった。
建築そのものの完成度が極めて高く、壁、石、ガラス、家具、照明、そして窓外に広がる自然までが一つの空間としてデザインされている。
こうした住宅で壁面に次々とタッチパネルを設置すれば、どうなるだろう。スマートホームとしては「高機能」に見えるかもしれない。しかし建築として見れば、それらは視覚的なノイズにもなり得る。
このヴィラの計画にも、テクノロジーを前面に出したくないという設計上の意向もあったとのこと。だから機能を増やす一方で、表側に現れるものは極力減らす。
増野氏自身、空間の中にスイッチが大量に並ぶ状態を好まない。Basalteを扱うようになった背景にも、ミニマルな空間を成立させたいという考えがある。
テクノロジーを建築へ統合するとは、完成した空間の中へデジタル機器を大量に追加することではないからだ。むしろ逆である。テクノロジーを見せないために、テクノロジーを深く使う。
ヴィラでは、大半の操作をBasalteとEkinexのスイッチ、そして必要に応じてiPhoneへ集約した。その結果、室内を歩いている限り、その裏側にどれほど複雑なシステムが存在するのかはわからない。
空間の主役はあくまでも建築であり、インテリアであり、照明デザインなのである。



KNXは主役ではない。主役は「体験」である
さて、見えないバックエンドの重要な基盤となっているテクノロジーがKNXだ。だが、Matt & MassimoはKNXを前面には押し出していない。
建築のプロトコルにはさまざまな種類が存在する。
建物内のすべての設備をKNXだけで完結させる必要はなく、現実的でもない。照明ではDALIが適する場合があり、建物設備ではBACnetが使われることもある。IPによって直接制御する機器もあれば、リレーだけでよい設備もある。その異なる世界を整理する際、KNXは標準化されたデータポイントを持ち、多様な設備を共通の体系で扱いやすいという強みがあるが、あくまでもKNXは建物全体を設計するための「言語」の一つなのだ。
ここがコンシューマー向けのIoTガジェット型スマートホームとは大きく異なる。IoTガジェット型スマートホームでは、スマート照明、スマートロック、スマートスピーカーなど、製品単位で選び、アプリやMatterなどを介して連携させるケースが多い。
しかし、建築統合型スマートホームでは発想の順序が逆になる。
製品・デバイスからスタートするのではなく、まず先に「この住宅はどのように振る舞うべきか」という体験価値を検討するところからスタートする。
その実現に必要だからKNXを使い、必要ならDALIもBACnetもIPも使う。
建築統合型スマートホームでは、「どのプロトコルを採用したか」ではなく、複数のプロトコルを、建築に必要な体験へと編成できる設計力が必要とされるのだ。
「操作しない」ことまで設計するホームオートメーション
では、実際にこの絶景を望むヴィラではどのようなスマートホームが実装されているのだろうか。
まず印象的だったのが、自動化と手動操作の使い分けだった。
リビングやダイニングをはじめ、共用スペースの照明は、多くの場所でスケジュールによって動く。ヴィラへ滞在する際には「滞在モード」に切り替えることで、各エリアで音楽が使える状態になり、共用スペースの照明なども時間に応じて動き始める。

部屋を移動するたびに、わざわざ壁のスイッチを探して照明を点ける必要はない。
大規模な住宅であるほど、その意味は大きい。
数十の照明回路、複数の空調系統、音楽、シェード、屋外設備。それらをすべて一個ずつ操作する住宅は、設備が高度になるほど住人にとって煩雑になる。だから、自動化する。
ただし、Matt & Massimoの設計は、「何でも自動化」にしているわけではない。
たとえば、明るい雰囲気で食事を楽しみたい日もあれば、照度を落として落ち着いた空間にしたい日もある。そこには人間の意思が介在する。
あるいはベッドルーム。眠りに就く時間はマチマチになるだろう。
そうした場面では複数のシーンを手元から選べるようにする。壁のスイッチでも、iPhoneでもよい。


一方、一定のルールで動かせる空間では自動化する。
人が操作すべきものと、住宅側が自動化するものを区分して設計している。操作するデバイスを減らすことができるのも、この設計があってこそなのだ。
そして、こうしたオートメーションシステムは、竣工した時点で完成するものではない。
実際に暮らし、使い始めてみることで初めて見えてくることがある。照明が切り替わる時間をもう少し遅くした方がよい、あるいは特定のシーンでは明るさを少し抑えた方が心地よい、といった感覚は、図面の上だけでは完全には読み切れない。
Matt & Massimoでは、竣工後も建築主・ユーザーから得られるフィードバックを反映しながら、照明シーンやスケジュール、制御ロジックなどを継続的に調整できるようにしている。
スマートホームは引き渡しと同時に固定される設備ではない。住まい方に合わせて、竣工後も最適化を続けられるシステムなのである。
プール、ミスト、風。住宅環境そのものを制御する
ヴィラのオートメーションは室内だけにとどまらない。
屋外にはインフィニティプールがあり、またアネックス棟のアウトドアリビングには大人数が集まれるダイニングとキッチン、暖炉が設けられている。

たとえばプールの噴水もスマートホームから操作できるように設えられている。

また、アウトドアリビングにはミスト設備まで組み込まれているのだが、このミストもスマートホームから制御できる。ただし、こうしたエンターテイメントの操作は自動化しているわけではなく、その場で過ごす人が必要なとき、壁のスイッチやスマートフォンから動かす。


一方で、屋外にはウェザーセンサーが設置されている。風の状態を見ながら屋外設備の動作条件へ反映するなど、建物を取り巻く環境そのものを制御ロジックへ取り込んでいる。
また、屋内プールでも音楽が楽しめ、照明やその他の設備と住宅全体のシステムがつながっている。ここまで来ると「スマートホーム」という言葉だけでは説明しきれない。発想としてはむしろ、ビルオートメーションに近い。
温度、光、音、水、風、時間。住宅を構成するさまざまな条件を、一つの環境として捉える。



Matt & Massimoが制御しているのは建築環境そのものなのである。
AVを「統合しすぎない」理由。ライフサイクルと交換可能性
Matt & Massimoの設計思想を知るうえで、キーになるのがオーディオ・ビジュアルとの関係だ。
ホームオートメーションというと、テレビ、プロジェクター、AVアンプ、スクリーン、照明、カーテンまで、一つのシステムで統合する姿を想像するかもしれない。
技術的にはもちろんそれも可能である。
しかし増野氏は、「すべてを深いところまで一体化する」ことが必ずしも正解ではないと考える。
理由はライフサイクルだ。住宅の電気設備や制御インフラは、15年、20年、その先まで使うことを前提に設計される。一方、テレビやプロジェクター、AVアンプなどは、それより短い周期で世代交代していく。両者を根元から強く結合してしまえば、AV機器を交換するたびに住宅側のシステムへ影響が及びかねない。
そこでMatt & Massimoでは、それぞれを一度独立したシステムとして成立させ、必要な部分だけをソフトウェアやインターフェースによって連携させる。
その考えは、このヴィラにも貫かれている。専用のシアター空間には映像・オーディオシステムが導入され、その領域は専門事業者が担当している。シアター側のシステムはそれ自体で独立して成立させ、一方で照明やシェードなど建築側と連携する必要のある部分については、ホームオートメーション側と接続する。
つまり、「統合できない」のではない。どこまで統合し、どこから独立させるのか、その境界まで設計しているのである。
「統合できない」のではなく、あえて統合し過ぎないのだ。

LWL onlineではこれまで、住宅テクノロジーでは「未来対応」を謳うこと以上に、「交換可能性」を担保することが重要ではないかと指摘してきたが、Matt & Massimoの思想は、まさにそれと重なる。特定メーカーや一世代の製品へ住宅全体をロックインしない。将来何かが変わったとき、そこだけを交換できるようにしておく。
KNXのようなオープンな規格を重視する理由もここだ。あるメーカーの機器が入手できなくなっても、同じ標準に対応する同等機能を持つ別メーカーのKNX対応機器を選択肢にできる。実際、コロナ禍で機器の納期が大幅に延びた際、この選択肢の存在は大きかった。あるメーカーの製品が入手できないという事態が相次いだのだ。
すべてを統合することだけがインテグレーションではない。交換可能性も視野に入れてシステムを構築することも、インテグレーションなのである。
IRかIPか。制御方式は「目的」に応じて選ぶ
この考え方は、AV機器の制御方法について話を聞いたとき、さらに鮮明になった。
AV機器を制御する方法のひとつに、赤外線(IR)がある。テレビのリモコンと同じ赤外線信号をエミッターから送る方式で、対応機器が幅広く、比較的実装しやすいというメリットがある。AVシステムがその中で独立して完結する場合には、IRは十分に合理的な選択肢となる。
実際、このヴィラのシアタールームも、シアター側ではシアター業者によるIRを用いた制御が行われている。
一方、建築設備として他のシステムと連携させる場合には、求められるものが変わってくる。
Matt & Massimoでは、対象機器が対応しているのであれば、IPやAPIによる制御を優先的に検討する。単に命令を送るだけではなく、可能であれば機器の現在状態まで取得し、建物全体の制御ロジックへ組み込むためだ。
「電源ONの信号を送った」ことと、「実際に電源がONになっていることをシステム側が把握している」ことは、建築全体を長期にわたって管理するうえでは意味が異なる。
ここにも、Matt & Massimoが機器を「動かす」のではなく、建築全体のシステムアーキテクチャを設計していることが表れている。
BasalteとEkinex。複雑さを見せないインターフェース
そう考えると、このヴィラに採用されたBasalteやEkinexのキーパッドの見え方も変わってくる。
BasalteやEkinexの裏側にはKNXをはじめとする複数の制御系が存在し、設備ごとに異なるロジックが走っている。その複雑さを住人へ見せないためのインターフェースがBasalteとEkinexのキーパッドだ。
高度なシステムほど、使う人へその複雑さを押し付けてはならない。ゲストルームを訪れた人がKNXを知る必要はないし、照明がDALIで動いているのかを知る必要もない。
ヴィラで表側に見えていたのは、そのために必要な最小限のものだけだった。
美しいスイッチ、そしてスマートフォン。背後に存在する膨大なテクノロジーは、建築の背後に隠れている。だからこそ、空間の主役は最後まで建築であり続ける。

建築家の設計意図を「建物の振る舞い」へと翻訳する

今回Matt & Massimoがスマートホームデザインを手がけたヴィラを取材することで、LWL onlineがこれまで「建築統合型スマートホーム」と呼んできたものの輪郭が、より鮮明になったように思える。
建築統合型スマートホームとは、建築計画の早い段階から、何を自動化するのか、どこにスイッチを残すのか、照明をどの単位で制御するのかといった問いを、建築家、照明デザイナー、インテリアデザイナー、設備設計者、施工者、そして最も重要な建築主・ユーザーらとともに解いていくものである。
何より重要なのは、「何ができるか」から始めないことだ。「この住宅で、どう過ごしてほしいか」から考えること。
建築家が考えた空間を、テクノロジーによって別のものへ変えてしまっては意味がない。
設計意図を読み取り、それを光、温度、音、シェード、設備の動きへ置き換えていく。
言い換えれば、スマートホームデザイナーとは、建築家の設計意図を、建物の「振る舞い」へ翻訳する職能なのではないだろうか。
このヴィラに即して言えば、海を望む大きな窓、時間とともに表情を変える光、プールの水面、アウトドアリビングを包むミスト、背景に流れる音楽。その裏では、複雑なテクノロジーが絶えず働く。
しかし、このヴィラを訪れた人が最初に感じるのは、KNXでもBasalteでもオートメーションでもなく、建築の美しさと、素晴らしい景色である。
最も先進的なスマートホームは、スマートホームに見えない。
このヴィラとMatt & Massimoの仕事は、LWL onlineがこれまで考えてきた「建築統合型スマートホーム」という問いに対する、一つの明快な回答だったと言えるだろう。
PROJECT TEAM:天空のVilla ∞アンフィニ
| 担当 | 会社・担当者 | リンク |
|---|---|---|
| 設計・監理 | 田井勝馬建築設計工房/田井勝馬、松山大樹 | 田井勝馬建築設計工房 |
| インテリア設計 | Tai and Associates/田井勝馬、松山大樹、阿部航平、火ノ川乃梨子 | 田井勝馬建築設計工房 |
| インテリアデザイン・FF&E | EY DESIGN/山口恵実 | EY DESIGN |
| 照明設計 | Light Collab Japan/窪田照彦 | Light Collab |
| ホームオートメーション | Matt & Massimo/増野啓太 | Matt & Massimo |
ABOUT:Matt & Massimo
Matt & Massimo株式会社
建築のコンセプト段階から参画し、照明、シェード、空調、AV、セキュリティなどを統合するオートメーションシステムを設計。KNX、DALI、BACnet、IPベースのシステムなどを活用し、建築とテクノロジーを一体の体験として構築する。公式サイトでも、コンセプトデザインから実装、運用サポートまで一貫して関わることを掲げている。
所在地:〒206-0802 東京都稲城市東長沼1555-4 グランドウィルハイツ103
E-mail:contact@matt-massimo.com
Matt & Massimo 公式サイト
Matt & Massimo WORKS/導入事例
OTHER PROJECTS:Matt & Massimoが手掛ける「建築とテクノロジー」
Villa Limelight
森に溶け込む全長60mのヴィラ。光、音楽、空調、電気錠などを建築の裏側で統合し、アートと建築を主役に据えたMatt & Massimoの代表的な実例
S-Residence
光や時間の変化に合わせたセンサー/スケジュール制御と、キーパッド、アプリによる操作を組み合わせた都市型住宅。建築統合型スマートホームが別荘だけのものではないことを示す実例だ
京都 翡翠荘
大正期の町家を再生し、伝統建築の美しさを損なうことなく現代のホームオートメーションを統合した事例。「テクノロジーを見せない」という設計思想が、歴史建築でより鮮明に表れる
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取材
LWL online 編集部