シャガールの巨大背景画がLEDに甦る。MoN Takanawaでバレエ『アレコ』上演
fy7d(エフワイセブンディー)代表/遠藤義人
東京・TAKANAWA GATEWAY CITYに誕生した文化の実験的ミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」で、開館記念プログラムとしてバレエ『アレコ』が上演される。マルク・シャガールが1942年に手がけた巨大な舞台背景画を、高精細デジタル技術と巨大LEDによって原寸大で再現。美術館コレクション、バレエ、音楽、テクノロジーが交差する新たな舞台体験として注目される。

青森県立美術館の『アレコ』からMoN Takanawaへ
5月29日から6月7日までMoN Takanawaで演じられるバレエ「アレコ」は、ロシア出身のフランス画家マルク・シャガールが1942年に手がけた舞台美術作品「アレコ」を高精細LEDで背景画として再現、現代のダンサーと新演出によって構成するという意欲的な芸術作品である。
本演出では、シャガールが手掛けた舞台美術作品「アレコ」(幅約15m・高さ約9m)4枚を、全4幕の進行に合わせて、MoN Takanawa「BoX1000」の高精細LED(幅21m・高さ9m)に原寸大で表示する。今回は、キヤノンの最新技術によって映像複写した映像を幕に連動させて投写することで、背景画本来の目的を果たそうとする点でも斬新である。





原画は青森県立美術館アレコホール所蔵の4枚であり、2024年には当該美術館内でも「アレコ」が演じられたことがある。今回のプロジェクトも青森県立美術館の協力に基づいており、美術館コレクションをデジタル技術で舞台芸術として活用するという新たな試みとなる。
今回のブリーフィングでは、青森県立美術館の学芸員、高橋しげみ、梶原麻奈未がオンラインで参加し、次のように解説した。

「当館は今年開館20周年を迎えます。開館当初から、いわゆる彫刻や絵画といったファインアートだけでなく、パフォーミングアーツ、音楽、演劇、ダンスなども総合的に推進していく場でありたいという願いがあり、その象徴として、『アレコ』の背景画を収蔵することを決定。地下2階に縦横21メートル、高さ19メートルの空間を設けました。シャガールはロシアのベラルーシで生まれフランスで活躍した色彩の魔術師とも言われる偉大な20世紀の画家ですけれども、ユダヤ人であるため、ナチスの影響力が強まった1941年に妻ベラとともにアメリカへ渡ります。翌年、今のアメリカンバレエシアター(当時のバレエシアター)がシャガールに依頼したのがこの舞台美術です。当時亡命していたシャガールの故郷を思う気持ちがこの仕事のモチベーションになったと思います。制作はメキシコシティで約1ヶ月で仕上げたと言われています。またシャガールの妻ベラもバレエの仕事に非常に熱心に関わり、ダンサーの衣装などはベラが指揮して制作されたと言われています。『アレコ』は1942年にプレミア上演されてから約30年バレエシアターのレパートリーとして演じ続けられましたが、1968年の上映以降は上演されておりません。それ以降は、背景画も美術作品としての道を歩むことになりました。当館が1994年に青森県の美術館の中心的な作品として第1幕、第2幕、第4幕を購入しまして、フィラデルフィア美術館の収蔵品だった第3幕は2017年にフィラデルフィア美術館の長期休館をきっかけに当館に移りました」
平田オリザが語る、ジャンルを越える芸術体験
同館館長の平田オリザは、次のように期待を込めた。

「まずアレコは平和への願いがこもった作品だと私は感じています。これを今のこの時期に上演をするということは、社会的にも非常に意義深いのではないかと思っています。一方で、ヨーロッパで長く仕事をしてきた私からすると、欧米では美術、音楽、バレエ、演劇にあまり境目がないのに対して、日本ではバレエ好き、美術好き、演劇好きと細分化されていると感じています。MoN Takanawaは、そういった垣根を取り払う場所になっていくという期待が込められた空間かと思いますので、『アレコ』がそこで上演されるというのはとても意義があるかなと思います。青森県立美術館で『アレコ』のバレエを見たという方も、青森県立美術館でシャガールの絵を見たよという方もぜひお運びいただきたいですし、またMoN Takanawaでの公演を見た方が、じゃあ今度は青森県立美術館に見に行ってみようといった相互交流のきっかけになればと思っております」
宝満直也による新演出。Wキャストで描く二つの『アレコ』
今回の『アレコ』演出は、2024年の青森県立美術館公演でも手がけた振付家・宝満直也が担うが、より深い人物描写や個性を生かした新たな演出・振付で再構成している。
ダンサーも、ウクライナ出身の国際的ダンサー、アレクサンドル・トルーシュと、注目の若手ダンサー大川航矢のWキャストという布陣で臨む。Wキャストの持ち味がそれぞれ異なるため、「Aキャスト」と「Bキャスト」で異なる演出を施すという。

宝満は次のようにコメントしたのち、ダンサーを実際に踊らせ、演技指導を行った。
「2024年の初演では、第4幕の前に特設ステージを作って客席を組んで上演しました。今回はシーンごとに背景画を変えていくという本来のシャガールが想定していたであろう展開がかなり面白いと思います。僕が演出に際して意識していたことは、このシャガールのアレコという魅力的で完璧な絵を邪魔しないこと。もちろん、本来バレエの背景画として描かれたものではありますが、チャイコフスキーの音楽と絵と踊りが混ざることで聞こえなかった音が聞こえてきたりとか、踊りもまた然りで絵と音楽と合わさることで見えてくる関係性を最終的に見せることができればという思いで再演に臨んでいます。バレエというのは、セリフがない中でストーリーを表現しなければいけないので、どういう意図を持って振り付けを行うか、ダンサーがそれをいかに汲み取って表現するかがカギになってきます」



デジタル背景画での演出については、次のようにコメントした。
「青森県立美術館に実際に飾られたアレコの絵では、空間を含め、表面の質感や聞こえてくる音といった全てが体験としてありますが、LEDの映像では、ダイレクトに情報が入ってくるため、あたかも映画を見るような情報の濃さ、しっかりはっきりしたところがあると思います。そこに負けないようにバレエを押し出すというよりは、お互い相殺し合わないようにしないといけません。もっともそこは誰も見たことがないので、これから楽しみでもあります」
バレエ『アレコ』とは何か。プーシキン、チャイコフスキー、シャガール
バレエ『アレコ』は、ロシアの文豪アレクサンドル・プーシキンの詩「ジプシー」(1827年)が原作。1942年にアメリカで企画発案され、ロシア人が制作した。
文明社会に嫌気がさしたロシア貴族の青年アレコが、自由を求めてロマ(ジプシー)の一団に加わり、首長の娘ゼンフィラと恋に落ちる。しかし自由奔放なゼンフィラが別のジプシーの若者に心を移すと、アレコは怒りのあまりゼンフィラとその愛人を刺し殺してしまうという悲劇である。
1942年にメキシコで初演された際には、ロシアの作曲家チャイコフスキーがピアノ三重奏曲イ短調をオーケストラ用に編曲し、ロシア出身のダンサー、レオニード・マシーンが振付を、マルク・シャガールが背景画を担った。
青森県立美術館の高橋は、次のように解説してくれた。
第1幕:シャガールブルーに包まれる出会い
「第1幕は、主人公のアレコとゼンフィラの出会いの場面が演じられる非常にロマンティックな場面ですけれども、シャガールブルーと言われるほどに、シャガールは青が印象的な画家ですが、そのブルーを基調にした背景画が描かれています」

第2幕:ロマの一団とカーニヴァルの色彩
「第2幕ではロマの一団に身を投じてロシアの村を旅する場面が演じられますが、黄色や茜色あるいは紫、水色といった歌い出すような明るい色彩が印象的で、非常に陽気な場面が演じられます」

第3幕:夏の麦畑と新たな恋
「第3幕はオレンジを主体とした背景が担っております。ゼンフィラが新しいロマの若者に心を移していくという、ここでも新しい恋に目覚めるゼンフィラとその若者の情熱的な愛の場面が演じられますので、背景画もオレンジの夏の麦畑を背景に、その二人の若者の始まったばかりの声に興じる情熱を表すような真っ赤な太陽が空に抱かれています」

第4幕:赤と黒が描く悲劇
「第4幕は、暗黒の画面の中に下の方にサンクトペテルブルクの街並みが赤色で描かれていまして、赤と黒い背景のコントラストが印象的な場面です。この最終幕において、ゼンフィラの浮気に気づいたアレコが嫉妬に狂い半狂乱になり二人の若者を死に追いやってしまうという悲劇的な激しい場面が演じられます」

なぜMoN Takanawaで『アレコ』なのか
MoN Takanawa: The Museum of Narrativesは、「100年先へ文化をつなぐ」をミッションに、多様な文化領域とテクノロジーを融合することで新たな物語を生みだすミュージアムとして誕生した。
内田まほろMoN Takanawa アーティスティック・ディレクターは、今回の狙いと今後について、次のようにコメントした。

「日本における文化は、古典芸能、コンテンポラリーダンス、伝統美術、現代美術、マンガ、アニメーションといった分野ごとに特化したファンがおり、分断されている状況といえるでしょう。MoN Takanawaでは、それぞれをつなぎ合わせて多くの選択肢を作りだす、それが文化的な豊かさだと考えています。文化とは、特別な誰かの表現だけではありません。アレコのような古典的なバレエも、よく知られているお話ならストーリーが頭に入っているので馴染みがあり、リピーターやバレエを踊る人に向けたショーになっていると思うんです。その点、我々は初心者の方や、見てみたかったけれどお友達がいなくて行く機会がなかった人たちを歓迎するプログラムこそ丁寧にやっていきたいと思っています。加えて、言語や障害などをどう取り除きコンテンツを共有していけるかにも力を入れていきたいと思っています。平田さんもおっしゃったとおり、日本での芸術鑑賞はセクション分けされているのでそこをどうつないでいくか、プロジェクトごとに様々なコラボレーションをしていきたいと考えています」
キヤノンの高精細デジタル技術が、舞台美術を現代に甦らせる
今回の『アレコ』では、日本の文化財や美術作品のデジタルアーカイブを数多く手がけてきたキヤノンおよびキヤノンマーケティングジャパンが協力。先進的なデジタルイメージング技術を活用し、青森県立美術館で撮影した素材が使われた。
キヤノンマーケティングジャパンの諏訪翔一は次のように解説した。

「撮影には、キヤノンEOS R5とRF24-105mmF21.8 LIS-USM-Zを用いました。高所作業車を使用し、背景画全体を一度に収める“1ショット撮影”と、複数に分割して撮影・合成する“多分割撮影”のふたつの手法を試しました。両方を試しましたが、多分割処理では後処理の過程でパースを合わせるのに難があり、歪みが少なく作品全体の空気感を保つことができた1ショット撮影の素材を採用しました。その上で、大型LEDでの表示に耐えうる映像表現を得るためキヤノン独自のディープラーニング画像処理で解像度を高める手法をとり、ニュアンスを保ちながら、絵画本来の質感と解像感を再現しています。青森県立美術館の色見本をもとに細かな色調整とレタッチを加え、LEDでの表示テストを繰り返しました。キヤノングループは、企業理念である“共生”の趣旨に則り、人や社会、文化につながる未来を目指しており、このようなプロジェクトに参加させていただけることをありがたく思っています」








公演情報
- 期間:5月29日(金)∼6月7日(日)
- 会場:MoN Takanawa: The Museum of Narratives Box1000(TAKANAWA GATEWAY CITY 内)
- 東京都港区三田3丁目16-1
- 振付・演出:宝満直也
- 主な出演:【Aキャスト】アレコ:大川航矢/ゼンフィラ:勅使河原綾乃 【Bキャスト】アレコ:アレクサンドル・トルーシュ/ゼンフィラ:山田佳歩
- 協力:NBAバレエ団/青森県立美術館/キヤノン株式会社/キヤノンマーケティングジャパン株式会社
- 主催:MoN Takanawa: The Museum of Narratives
- チケット料金(税込) S席9,500円/A席7,500円/B席5,500円/プレミアム席(13:00/17:00の回のみ):22,000円/U29 S席(19:30の回のみ):7,500円
- ※音声補助ヘッドホンの貸し出しあり
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fy7d(エフワイセブンディー)代表
遠藤義人
ホームシアターのある暮らしをコンサルティングするfy7d(エフワイセブンディー)代表。ホームシアター専門誌「ホームシアター/Foyer(ホワイエ)」の編集長を経て独立、住宅・インテリアとの調和も考えたオーディオビジュアル記事の編集・執筆のほか、システムプランニングも行う。「LINN the learning journey to make better sound.」(編集、ステレオサウンド)、「聞いて聞いて!音と耳のはなし」(共著、福音館書店。読書感想文全国コンクール課題図書、福祉文化財推薦作品)など。