ラリック、チューリッヒに13室のホテル「Villa Florhof」開業。15世紀の邸宅でクリスタルを「建築」へ
取材/LWL online編集部
フランスを代表するクリスタルガラスメゾン、ラリック(LALIQUE)が、スイス・チューリッヒに13室のブティックホテル「Villa Florhof(ヴィラ・フローホフ)」を開業した。15世紀に起源を持つ歴史的建造物を修復し、十数点の特注クリスタルや建築用ガラスを空間に統合。クリスタルを「装飾」から「建築」へと拡張したこのホテルから、ラグジュアリーブランドが「モノ」から「空間体験」へ向かう現在地を読み解く。
500年以上の歴史を持つ15世紀の邸宅を、13室のホテルへ
Villa Florhofが開業したのは、スイス・チューリッヒ旧市街と大学地区の間に位置するFlorhofgasse(フローホフガッセ)。
建物の歴史は中世にまで遡り、文献上では1447年にすでにその存在が確認されている。この地域と深い関わりを持ってきたのが、かつてチューリッヒを繁栄させたシルク産業である。16世紀半ば以降、この一帯はシルクの商人と結びつき、発展してきた。

©DigitaleMassarbeit
LALIQUE公式メディアギャラリーより

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さて、建物は1907年に建築家Karl Weigleによる改修が行われ、翌1908年、ホテル兼ペンション「Florhof」として営業を開始した。その後は作家ギュンター・グラス、写真家アンリ・カルティエ=ブレッソン、劇作家ウジェーヌ・イヨネスコら、多くの文化人が滞在したという。1973年には建物の主要部分が文化財として保護対象となった。
2022年にSilvio DenzとPeter Spuhlerが建物を取得。文化財保護当局との連携のもと大規模な修復が進められ、今回、ラリックにとってチューリッヒ初となるブティックホテルとして再生された。
客室とスイートはわずか13室。ラリック自身もVilla Florhofをホテルというより、上質な「プライベートハウス」に近い存在として位置づけている。各室には異なるデザインが施され、最上位となる「Suite René Lalique」をはじめ、歴史的な建築とラリックの世界観が重ね合わされている。

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LALIQUE公式メディアギャラリーより
ラリックのクリスタルを「飾る」のではなく、「建築」にする
チューリッヒの絹産業を「蝶」と「桑の葉」で表現
ラリック・インテリア・デザイン・スタジオは、この建物のために、十数点の特注クリスタルおよび建築用ガラスのインスタレーションを制作した。
既存のラリック製品をホテルのインテリアとして配置しただけではなく、建物のそれぞれの場所に合わせて、クリスタルそのものが空間を構成するように設計されている。
モチーフとして繰り返し登場するのが「パピヨン(蝶)」と「桑の葉」。
前述したように、シルク産業はチューリッヒの発展を支えた重要な産業の一つだった。桑は蚕を育て、蚕から絹が生まれる。Villa Florhofが持つチューリッヒのシルク産業の歴史を、ラリックを象徴するクリスタルの表現へと翻訳しているのである。ロビーには「Papillon(パピヨン)」と「Feuilles de Mûrier(桑の葉)」のクリスタルパネルが組み合わされ、建物を貫くデザインの物語が始まる。
階段室には、23羽のクリスタル製の蝶が一羽ずつ照らされ、飛翔するかのように配置されている。その中央には、ゴールドラスター仕上げの「Alizé」14点が約10mにわたる垂直空間に浮かぶ。
104羽の「Papillon」がレストランの天井を覆う
2026年秋にオープン予定のシグネチャーレストランでは、その表現はさらに壮大なものになるという。空間の天井を覆うのは、104羽の大型クリスタル「Papillon」。一羽一羽の内部に光が仕込まれ、群れとなった蝶が空中を舞うような光景をつくり出すという。
クリスタルのシャンデリアを天井から吊るす、という一般的な発想とは明らかに異なる。ここでは「照明器具」と「クリスタル」と「建築」の境界そのものが曖昧になっている。
ドアハンドルやシャワーまで。クリスタルが「設備」になる
目立つ場所だけにラリックが使われているわけではないことも特筆したい。バーやラウンジでは、スライドドアにクリスタルパネルを組み込み、両開き扉のハンドルそのものをクリスタルで制作した。シガーラウンジでは、サンドブラスト加工を施したアール・デコ調のガラス扉が採用されている。
ブライダルスイートでは、黒いエナメルのディテールを施した「Dahlia」のクリスタル製シャワーパネルまで採用している。
クリスタルが「眺める美術品」から、触れる建具や設備へと入り込んでいるのである。
ラグジュアリーな空間というと、高価な家具や美術品を配置することがイメージされやすいが、ここVilla Florhofでは様相が異なる。
素材、造作、光、建具、アートを分離するのではなく、それらを一つの空間体験へ統合しているのだ。
「モノ」から「空間体験」へ。ラリックが広げるホスピタリティの世界
ラリックはすでに、フランス・アルザスの「Villa René Lalique」「Château Hochberg」、ボルドーの「Château Lafaurie-Peyraguey」、スコットランドの「The Glenturret Lalique Restaurant」などを展開。ホスピタリティを、ブランドを構成する重要な領域のひとつとしている。
これらの施設に共通するのは、世界中に同じデザインを複製するホテルチェーン型の考え方ではないことだ。土地の歴史や文化、景観を読み取り、そこへラリックのクラフツマンシップ、デザイン、ガストロノミーを重ねる。ラリック自身も、その場所ごとに異なるホテルをつくることをLalique Hospitalityの思想として掲げている。

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LALIQUE公式メディアギャラリーより
Villa Florhofでは、その考え方が「建築」へと、さらに深く踏み込んだように見える。ここでは、クリスタルに囲まれ、光を眺め、扉に触れ、食事をし、眠る。ブランドの世界観を「所有する」のではなく、ブランドの世界観の中で「暮らす」のである。

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LALIQUE公式メディアギャラリーより
Villa Florhofからは、ラグジュアリーブランドの価値が「モノ」から「空間」へ、さらに「体験価値」へと広がっていることが読み取れる。
インテリア、建築、アート、照明、食、そしてホスピタリティ。それらを別々の商品やサービスとして扱うのではなく、一つの世界観として統合する。
クリスタルを建築へと変えたVilla Florhofは、これからのラグジュアリーが向かう一つの方向を、非常に象徴的に示している。
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LWL online 編集部